矢守 航(やもり わたる) 准教授
東京大学大学院農学生命科学研究科准教授
矢守航先生へのインタビュー - Share Your Story
[取材・編集] 研究支援エナゴ
大気中の二酸化炭素濃度や前例のない食糧危機といった問題に大きく関わる植物の光合成。光合成に関する基礎研究から農作物栽培技術の開発などの実用研究までを幅広く行う東京大学大学院農学生命科学研究科の矢守航准教授にお話を伺いました。
新たな視点を取り入れることや独自のアプローチを行うことの大切さ、国際的な環境での研究のメリット、そして辛かった時期の支え。ご自身の歩みや取り組みについての矢守先生の語り口はあくまで謙虚ですが、メッセージの端々からは研究に掛ける先生の強い想いが感じられました。
疑問を突き詰め、新しい着想で、人がやっていないことを行うことで、地球規模の問題へのブレークスルーの糸口を見出している矢守先生は、若い世代に対しこう語りかけます。「力を合わせて、日本の科学を盛り上げていきましょう!」
魅了された、植物の驚異的な環境応答能力
私は豊かな自然に囲まれた三重県で生まれ育ったこともあり、幼少期より生き物に興味がありました。空を見上げると、どこでも空と共に植物が視界に入り込むような環境でしたので、季節の中で植物が紅葉したり落葉したりする様子を見ながら、植物というのは面白いな、と思ったのがそもそものきっかけだったかと思います。
そんな中、高校生ぐらいの頃に「人間であれば暑ければ服を脱げばいいし、寒ければ暖かい場所に移動すればいいが、植物は動けないからかわいそうだ」というような話をする人がいて、その時「本当にそうなんだろうか?」という疑問を抱きました。その後、大学の講義で「植物は動けないのではなく、動かなくてもよい」という説明を受けた時に、植物の素晴らしさに気づきました。それが、私が研究に情熱を持つようになったきっかけです。
「植物は動物と違って、天敵や過酷な環境ストレスから逃げるための足もなければ、体温を一定に保つ仕組みもありません」と言われることがあります。みなさんはそれを聞いてどう思うでしょうか?十分な能力がなくて大変だな、とか、植物に生まれなくてよかった、など、ネガティブな感想を持つかもしれません。でも、裏を返せば、「植物は動いたり体温を保ったりする必要が無く、その場で耐えるといったものすごい環境応答能力を保持している」ということ。植物のこの驚異的な環境応答能力に魅了され、私はその後、植物の環境応答メカニズムに焦点を当てた研究をスタートしました。
「なんでだろう」という疑問が研究のスタート地点
これは私自身も私の研究室の学生たちも同じなのですが、様々な生き物を見た時に「なんでだろう」という疑問を持つことが研究のスタートになっています。いきなりテーマを決めるのではなく、自分で様々な植物を栽培していて気づくことや、街中を歩いていて抱く疑問を解明しようというのがやはり研究の基礎だと思いますので、そういう姿勢は継続したいと思います。
カタバミという植物の葉の色がヒートアイランドによって赤く進化し、高温耐性を獲得していることを明らかにした最近の研究でも、共同研究者1が私とよく似た考えで、圃場(ほじょう)や農場のような土の多い所では緑のカタバミが繁茂しているのに、舗装路を歩いている時に見るカタバミは赤ばかりだということに気づき、「なんでだろう?」となったわけです。
自分と彼が恵まれていたのが、そういう「なんでだろう?」という疑問を研究者の立場で共有できたことです。相談を持ち掛けられ、こちらからも意見を述べ、お互い話し合ったことが研究の出発点になりました。
光合成の研究は、世界の課題にどう関わるのか
光合成の研究は、大きな世界的課題に関わっています。それは、二酸化炭素を吸収することが光合成の反応であることから、大気中の二酸化炭素濃度の低減につながるということです。
そしてもう一つの課題が、作物の生産性向上です。食料増産を目標にしたこれまでの品種改良では、草型、穂の数やサイズなど、目に見える形質の改良が主流でした。でも、植物の成長を支えているのは、太陽の光と二酸化炭素から糖やデンプンを作る光合成反応です。この光合成能力を強化することができれば、成長も促進されるということになります。そして成長の促進は、例えば稲の場合はお米の収量増加につながります。つまり生産性の向上に結び付くということが光合成の研究の一つの大きなポイントです。
目には見えない光合成に着目した育種は、めざましい進展がなかったのですが、技術の進歩により、光合成を視覚的に捉えたり、高速で高精度に評価したりできる装置が開発されるようになりました。これによって、光合成反応に関連する遺伝子を発見しやすくなり、研究の幅が大きく広がりました。植物が生きるために不可欠なプロセスである光合成にフォーカスした研究は、まさに未開拓の可能性が広がっている分野だと考えています。
論文執筆を通じて知識の普及に貢献したい
論文のテーマ設定時に読み手を意識することはほとんどありません。私の研究の原動力は、植物が美しい挙動や不思議な現象を生み出すメカニズムを解き明かしたい、それによって植物の生存戦略や生態を理解したいという情熱です。植物の神秘的な振る舞いに感動し、その背後に隠された仕組みを追求するプロセスが私にとって研究の醍醐味です。
もちろん、論文が国内外で注目され、たくさん引用してもらえるのは非常に嬉しいことです。私の研究で成果が出せたのは、運が味方してくれたからだと感じていますが、自分たちの論文の引用件数が多かったことに関しては非常に光栄に思います。(クラリベイト社から)被引用数に関する連絡2を受けた時点では半信半疑でしたが、後で色々調べると、本当に自分が選ばれたということが分かりました。自分の尊敬する先生方の仲間に入れてもらえたことが本当に嬉しかったです。
論文の投稿先は、研究成果を広く共有してくれるのであれば十分で、掲載してくれる雑誌があるだけでありがたく、特段のこだわりはありません。読み手の多様性と広範な知識の普及を通じて、科学の進歩に寄与できれば幸いです。
卓越研究員に選ばれたことについて
卓越研究員への申請に関しては、所属していた研究科の他の先生方に推薦いただき、それを受けて私自身が申請書を記入し提出しました。私が選ばれた理由の一つは、基礎研究をやっているだけでなく、それに基づく応用研究と実用研究を視野に入れ、目標設定を大きく取りながら一気通貫型の研究をしていることを評価していただいたことかと思います。
また、基礎研究といっても、他の研究者たちがやっている研究はなるべくやらないという信条が私にはあります。他の研究者がやっていない研究で、地球環境など自分の分野に貢献できることという視点で研究を始めた結果、それが実績につながり、評価につながったのだと思います。
国際的な研究環境が研究者の視点や研究アプローチにもたらす影響
国際的な研究環境に身を置くことは、良い刺激になると思います。
まず、異なるバックグラウンドを持つ研究者たちと協力することで、新しいアイディアや視点が生まれ、課題に対する創造的な解決策を見つけやすくなります。また異なる研究アプローチや方法論を学ぶ機会が豊富なので、自分の研究手法を見直したり、新しい手法を導入したりして、より効果的な研究を進めることができるようになります。さらに、国際的なネットワークを築けば、世界中の最新の研究動向や技術の進歩に迅速にアクセスできるため、国際的な競争においても優位性を保てるようになります。このように、国際的な研究環境は研究者にとって、新たな視点やアプローチの発見、異なる文化や知識の交流、そして国際的な連携による研究の高度化など、利点がたくさんあります。
当研究室では、光合成解析センターとして光合成の解析支援を行っています3。現在は主に国内の大学、研究所、そして企業からの依頼に対応していますが、海外からの共同研究の問い合わせもあります。この光合成解析センターを通じて、様々な分野の研究者や企業と連携し、光合成に関する解析を支援しています。
国内の大学や研究所からは、例えば特定の遺伝子の機能解明を進める際に、光合成への関与を詳しく解析してほしいという依頼があったり、企業からは、自社製品が植物の光合成や成長に及ぼす影響を解析する支援を依頼されたりしています。産学連携の一環として、私たちの研究が実用的な分野でも役に立てるのは嬉しいです。
光合成解析センターを通じて、異なる分野やバックグラウンドを持つ方々と連携することは非常に楽しく、充実感を得られる機会となっています。多様な研究者や企業と協力しながら、光合成の複雑なメカニズムを解き明かしていくことが、私たちの研究の魅力の一つでもあります。
研究のオリジナリティ
研究者としての第一歩を踏み出したのは博士課程に入った時だと思いますが、指導していただいた先生4に、人がやっていないことをやれとの助言をいただきました。
いわゆる「ブームの研究分野」というのは、多くの研究者が取り組むため、自分がやらなくても盛り上がって誰かが明らかにするから、そんな分野に取り組まなくてもよいではないかということです。それより他人がやらなくてまだ未解明な分野は、科学には多数存在するので、その分野で自分がやりたいことをやりなさいというのが、初めの助言でした。私もその通りだと思い、博士課程の学生の頃からずっとその気持ちで研究しています。
今の若い研究者たちに対する私からの助言も同様です。その時々で流行っている分野に手を付けても、ブレークスルーとなる部分は既に誰かに解決されていて、そこから派生する研究を追求していくということが多く、それであれば、むしろ自分でリーダーシップを取って新たな分野を立ち上げ、それを明らかにするというスタンスでいる方が、オリジナリティも高い、広がりのある研究を行えると思います。
私の研究室では基本的に学生と相談して研究テーマを決めるため、私から研究テーマを一方的に学生に指定することはありません。その良い点は、学生が主体的に研究テーマを決めるため、自分が興味あるところをやり始められることです。ただ、新しい分野を自分たちでやるというのは良いことですが、ゼロからのスタートであるため、研究データを得られるまでにものすごく時間がかるという側面もあります。
自身の研究キャリアで最も苦しかった時期
研究員から大学教員になるタイミングが一番大変でした。学位を取得後、日本学術振興会の特別研究員としてオーストラリア国立大学と東北大学に所属し、研究を進めていました。振興会の支援を受ける研究員制度は既に2つとも利用していたため、国内で自由に応募できる研究員のポストがなくなってしまったのです。そこで、いよいよ大学の教員ポストに応募するしかないと覚悟しました。当時、公募が出ていたポストには10件以上も応募しましたが、なかなか面接に呼ばれず、苦しい日々が続きました。
そんな中、息抜きとして植物を栽培し、実験に没頭できたことが救いでした。植物の世話や実験作業は私にとって癒しの場であり、焦りや不安を和らげる手段だったのです。研究と植物にかかわる活動が私を支え、最終的には念願の大学教員としてのポジションを手に入れることができました。
日本の学術研究を発展させていく上で、社会に求められること
これは研究者側の課題でもあるのですが、社会全体に学術研究の重要性を理解してもらう必要があると思っています。なぜなら、海外に負けない最先端の研究を行っていくためには、多額の研究費を税金から出してもらう必要があるからです。SNSなどでいろんな情報にアクセスしやすくなって最先端の研究にも触れやすくなった反面、科学的に正しいとはいえないような情報も氾濫し、科学に対して不信感を抱く人も少なくないようです。学術研究が社会を支えているのだということが社会全体の共通認識になっていくと良いと思います。
また、日本の学術研究がさらに発展していくためには、若手研究者や学生の育成も欠かせません。教育や指導の充実によって若手の創造性や情熱を引き出し、新たな研究者やリーダーを育てていく必要があります。また、せっかく育てた優秀な若手研究者が、待遇の良い海外に就職してしまうということが増えています。研究職を安定した魅力ある職業に変え、次代を担う有能で熱意のある人材が国内で活躍できる環境を整備することで、日本の学術研究は一層躍進するでしょう。
研究資金の申請は諦めず続けて
研究のための資金獲得は確かに困難な道のりです。著名な先生方が大型予算を獲得している中で、私は自分に見合った予算で細々と研究を続けています。金額が大きいか小さいかよりも、まずは自分が行いたい研究に見合った予算を見つけ、謙虚に応募してみることが大切です。小さな予算でも、その中で確実な成果を上げ、実績を積み重ねていくことで、将来的に注目を浴びる研究計画を立てることができます。
私自身もまだまだビルドアップの段階ですが、予算の申請を躊躇せず、着実に積み重ねていくことで、将来的にはより大きな予算を獲得できるようになると信じています。諦めずに着実な成果を積み上げ、研究の道を歩んでいくことが、資金獲得の鍵となると思います。
若手研究者へのアドバイス
行き詰まりを感じる時期は若手研究者のみならず誰にでも訪れるものだと思います。
学生のみなさんへ。研究が好きな方はぜひ博士課程に進学してほしいと思っています。現在は、アカデミアだけでなく、企業での研究者としてのキャリアも増えています。博士課程では専門的な知識やスキルを深め、自分の研究テーマに真摯に向き合うことができます。研究の魅力を存分に味わいながら、将来の可能性を広げていくことができると思います。
若手研究者のみなさんへ。行き詰まりを感じても研究は楽しいものです。研究の道を選んだことに誇りを持ってください。苦しい時期も、それが将来の明るい未来への一歩であることを信じて、前向きに取り組んでください。きっと、苦しい瞬間を乗り越えた先には素晴らしい発見や達成感が待っています。研究の道は確かに険しいものですが、その先に広がる世界は限りない可能性と充実感で満ちています。
研究キャリアを構築する上で大切なのは、研究者のコミュニティ内で信頼を築くことです。研究者同士のネットワークを広げ、異なる技術やバックグラウンドを持つ研究者と協力し、先輩研究者を巻き込んでチームとして協力することができれば、研究を大きく展開することができるでしょう。
単独での研究も重要ですが、協力し合うことで新たなアイディアが生まれ、研究の幅が広がります。研究者同士のネットワークは、研究費の獲得だけでなく、共同研究や情報交換においても大いに役立ちます。研究を続けていくためには、楽しむことや情熱を持ち続けることも同じくらい重要ですが、お互いに刺激を受け、成長し合うことで、充実感も得られやすくなります。
ぜひ、若手の力を合わせて、日本の科学を盛り上げていきましょう。コミュニティ内で築かれた信頼は、将来的な成功に繋がります。共に成長し、共に輝く未来を創りましょう!
脚注:
1 深野 祐也(ふかの ゆうや)。人間と生物の相互作用を進化や生態の観点から広く研究する。千葉大学園芸学部准教授。本文で言及される共同研究に関する論文「From green to red: Urban heat stress drives leaf color evolution.」はScience Advancesで2023年10月20日(米国東部時間)に出版された。
2 矢守先生は、執筆論文の過去10年の被引用回数や研究分野への影響力等が評価され、Highly Cited Researcher in the field of Plant and Animal Science – 2023に選出された。Highly Cited ResearchersTM はClarivateTM 社の登録商標。
3 東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属生態調和農学機構 光合成解析センター
4 寺島 一郎(てらしま いちろう)。東京大学理学部教授。植物の環境応答の生理的なメカニズムを明らかにする(How 疑問への解答)とともに、環境応答の意義を考察する(Why 疑問への解答)ことを目指した研究を展開する。 2023年3月で定年退職。