多孔性配位高分子(PCP):ナノスケールの孔から広がる無限の可能性・後編

日本の資源「人」を育てる支援策が必須‐若手研究者には焦らず「ダイヤモンドの鉱石」を見つけてほしい

焦らず、根気よく研究を続ける大切さについて語る北川進博士

―先生は、もともとは理論化学を専攻していらしたそうですが、コンセプトを提唱することを大事にしていらっしゃると伺い、なるほど理論化学者らしい発想だなと思いました。理論化学から錯体化学へ転向し、さらにはPCPの分野を作り上げてきた一連の歩みは、若い人にとって素晴らしいロールモデルとなると思うのですが、若手の研究者に伝えたいことはありますか? 

北川博士:先ほども申し上げたように初めからPCPを作ろうとは思っていなかったのですが、たまたま就職した研究室で巡り合ったテーマが、結果的にPCPを生み出しました。

思うように結果が出ず、焦り、悶々とした日々もありました。それでもしぶとく粘ること。そしてあらゆる手を尽くし、いろいろな経験をすること。そうしてバックグラウンドを作ってチャレンジを続ければ、きっと「ダイヤモンドの鉱石」がすぐそばにあることに気がつくことができると思います。年齢で言えば、1997年の論文が出た当時、私は46歳、その後さらに花開いたのは50代になってからです。ですから若い人には「焦らないで」と言いたいです。

―論文が出るスピードが速くなり、また任期付きのポジションしかないという状況の中で、なかなか腰を据えて研究に取り組むのは難しいのでしょうね。博士課程に進学する学生も少なくなっていると伺いましたが、どうすれば日本の研究を盛り上げていくことができるとお考えですか?

『資源もエネルギーもない日本において、国の資源はなんといっても「人」です』-北川進博士へのインタビューより

北川博士:若い人のレベルが落ちているとは決して思いません。ただ博士課程にいく人が少なくなっているのは事実です。理由は、ポジションが少ないからでしょう。昔はパーマネントのポジションがそれなりにありましたが、今は定員を削減していますから空きが出ても募集をかけないことがよくあります。

優秀な若手研究者の支援体制をもっと強化しないといけません。たとえば若手研究者の登竜門として科学技術振興機構(JST)の「さきがけ」という助成金プログラムが知られていますが、その門戸をもっと広げるのも一つの解決策となるでしょう。

資源もエネルギーもない日本において、国の資源はなんといっても「人」です。ロールモデルとなる先輩がでてくれば、後に続こうという学生もきっと増える。大型の研究にお金を出すのも大事かもれませんが、若手研究者の支援はそれ以上に大事な課題だと思います。

論理の飛躍なく、客観的に推敲された論文を

論文執筆の指導法について語る北川進博士

―研究室にいる若手研究者の人に論文の指導などもなさるのですか?

北川博士:私の研究室にはポスドクが数名いますが、論文を投稿するまで私がレフェリー役になって何度も修正します。

論文を書くときに一番気をつけたいのは論理に飛躍が無いようにするということです。きちんと既発表論文を読み込んで、数行に1報は引用するくらいの気持ちで丁寧に論文を引用することが大事です。

また、こんな面白いデータがあるからみてもらいたいという思いからか、大上段に構えて「この研究からこんなことが可能になる」というようなことをイントロダクションに書いてみたものの、その結論は実験データから直接導きだせないということが、ままありますね。書いた原稿を客観的に見つめ、自分のシナリオから脱却することも大切です。

―先生ご自身も多数の論文やレビューを執筆されていますが、使っていらっしゃるツールがあれば教えてください。

北川博士:論文の整理にはEndNoteを使っています。私が所属する京都大学・物質‐細胞統合システム拠点iCeMS(アイセムス)では研究室間の共同研究が盛んですが、EndNote Site Licenseを使えば、自分がチェックした論文リストを研究室のメンバーはもちろん、共同研究者ともシェアできるので大変便利です。また、リサーチミーティングで議論するときなど、視覚的に論文を共有できるのも大変ありがたいですね。

新しい発想や経済的なメリットを生むアイセムスの異分野間共同研究

―共同研究のメリットは何でしょう?

北川博士:分野の異なる研究者と仕事をすることで、発想の幅が広がりますね。一つの分野の中だけで仕事をしていると、気がつかないうちに発想が凝り固まってしまいがちです。

私は化学が専門ですが、Spring 8の物理の先生方と一緒に研究したことは、とても面白い経験でした。化学の人達はエンドユーザーで既にある機械を使うのが一般的ですが、物理の人たちは物質に合わせて装置を一から作り上げるのです。おかげでPCPに酸素が吸着する状態を明らかにすることができました。私の研究のあゆみの中でも印象深い仕事です。

―アイセムスでは材料科学や生物学をはじめとする様々な分野の研究者が所属し、共同でプロジェクトを進めているそうですね。アイセムスのコンセプトは何でしょう?

iCeMSでの異分野間共同研究のメリットについて語る北川進博士

北川博士:この拠点を立ちあげる時に目指したのは「メゾスコピックなサイエンス」です。メゾスコピックとは、500nmくらいの大きさを指します。生命現象を明らかにしようと思ったら、まずは細胞の仕組みを理解しましょうとなりますが、完全にバラバラにして分子にまで分解してしまっては、生命としての機能は失われてしまいます。かといって細胞のままでは複雑すぎて解析できない。細胞の働きの要となる一連のプロセスは、いずれもメゾスコピックなサイズで起こっているのです。これを解明していこうというのがアイセムスのスタンスです。

―異分野間の交流を活発にさせるために具体的にはどのような工夫をされているのでしょうか?

北川博士:それぞれの研究室を孤立させないために、材料と生物の各分野の中ではオフィスを共有しています。別の部屋にいる人には「今、どんなことをしているの?」などと気軽に聞けませんが、そういう会話が日常的に行える環境を作っています。そこから新しい発想や共同研究のチャンスも自然と生まれてきます。

また、実験設備も共有しています。アイセムスではコアファシリティーがあって、独立したPIの人たちがお金を払ってそれを使います。そうすれば自分の研究費で高価な機械をわざわざ買う必要がありません。もし、もっと性能のいい機械を使いたければ、それこそ、その専門家に共同研究を持ち掛ければいいという考え方です。

更なる発展を続けるPCP研究

―今後はどのような課題に取り組んでいきたいですか?

北川博士:PCPは、さらに進化して第4世代を迎えようとしています。最近では、爆発性の物質を感知して変形するPCPが開発されました。また、固体であるにもかかわらず水に溶けるPCPも登場しました。これを他の材料に混ぜ、あるいは塗布して膜をつくることにより、既存の技術とハイブリッドさせれば、さらに新しいデバイスを作ることが可能です。 

PCPを詰め込んだ筒に空気を通過して酸素を濃縮するような大層な方法でなく、繊維にPCPを混ぜてハイブリッド膜(布)とすれば、空気中の酸素を濃縮して取り込むことができるマスクができるかもしれません。

―PCPの可能性が無限に広がりますね。ますます期待が高まります。今日はありがとうございました。

多孔性配位高分子構造モデルのクリアファイル
1997年に発表したPCPの分子構造をモデルにしたクリアフォルダ

***

北川進博士へのインタビュー・前編では、PCP開発の経緯や、レビュー論文執筆の重要性についてお話いただいています。

北川進博士研究コラム「配位結合とPCP」

高被引用論文著者(HCR)インタビュー記事一覧はこちら

Share