数値モデルSPRINTARSを使ったエアロゾルの気候変動について話す竹村俊彦博士

大気中の微粒子が気候を変える!?数値モデルSPRINTARSが挑む壮大なプロジェクト・前編

大気汚染物質エアロゾルとは

―このたびはHighly Cited Researchers(HCR)2019への選出、しかも6年連続でのご受賞おめでとうございます。先生はエアロゾルが気候変動に影響を及ぼすメカニズムを解明することを目的として研究をされてきたそうですが、エアロゾルとは何か、またこれが気候に対してどのような影響を及ぼすのか教えていただけますか?

竹村博士:エアロゾルというのは直径1nm~100μm程度の大気中の微粒子のことです。物を燃やした後に発生するすす、二酸化硫黄SO2や窒素酸化物NOxから化学変化によりそれぞれ生じる硫酸塩や硝酸塩などがあり、それらのうちで直径が約2.5µm以下のものがPM2.5です。エアロゾルは大気汚染物質であると同時に気候変動の要因にもなっていて、しかもCO2とは逆に正味で地球を冷やす効果があると考えられています(竹村俊彦博士研究コラム「エアロゾルによる気候変動」参照)。

―地球温暖化を防ぐためにはエアロゾルがあったほうがいいのでしょうか?

竹村博士:決してそうではありあません。エアロゾルは大気汚染物質ですから、もちろん減らす必要があります。ただ、いきなり減らして空気をきれいにしてしまうと温暖化が加速してしまう危険性があります。どのようなプロセスを経てエアロゾルを減らしていけばよいのか、CO2の削減量との兼ね合いも考慮しながら、経時的かつ定量的に最適な解を考えることが大事です。そのために、私は数値モデルSPRINTARSを使って、その最適解を探しています。

地球規模の気候変動を再現、予測するソフトウエア・SPRINTARS

―SPRINTARSは、具体的にどのようなことを計算しているのでしょう?

竹村博士:エアロゾルやその前段階の物質がどこでどのくらい発生しているかというデータをもとに、それがどこに飛ばされ、どれだけの化学反応を起こし、どの程度が雲粒の核となり、また最終的には地上に落ちていくのかという、いわゆる輸送過程を、気象学や化学の理論を数式化して予測しています(図:全球エアロゾルモデルSPRINTARSの概要)。

全球エアロゾル気候モデルSPRINTARSの概要
図:全球エアロゾル気候モデルSPRINTARSの概要

エアロゾルの発生源に関するデータだけでなく、各地点でどこに向かってどれくらいの強さの風が吹いているか、といった情報も重要で、風、気温、雲、雨に関しては気象モデルに基づいた計算値を使っています。

そして、エアロゾルが気候にもたらす相互作用(コラム参照)についても計算することがポイントです。地球の表面をおよそ35km四方のマス目(グリッド)に区切り、全地球上のグリッドにおけるエアロゾルの値を定量化していきます。そして、SPRINTARSは気候モデルと組み合わせられているので、エアロゾルによって地球の温度が何度変化するかという予測をすることが可能です。

論文の高被引用・高評価へつながった数値モデルの信頼度の高さ

20年以上前から開発・運用に携わるSPRINTARSについて話す竹村俊彦博士

―なるほど、高被引用論文に気象学のジャーナルだけでなくEnvironmental Research Letters誌(環境科学)やChemical Society Reviews誌(化学)の論文も見受けられるのは、環境に関わる様々な現象を物理や化学を駆使してモデル化されているからなのですね。実際、今回のHCRもクロスフィールド分野でのご受賞でした。数値モデルの予測が正しいかどうかはどのように検証するのでしょう?

竹村博士:人工衛星や地上の測器を使ってエアロゾルの量を測定しているので、これを数値モデルの計算結果と照らし合わせて検証します。ただ、気象現象というのはどうしてもカオス的な側面があって、1つの数値モデルだけで正確な値を出すことは、まず不可能です。そこで、同じようなコンセプトで設計された数値モデルにより導かれた値を相互比較して観測値と照合し、いわば答え合わせをする形で共著論文を発表するのです。私はAeroComという国際的なグループに所属し、相互比較の論文を多数発表しています。

―2011年および2013年にAtmospheric Chemistry and Physics誌に掲載された論文(それぞれ引用数424件および365件)のタイトルにもAeroComの名称が入っているものがありますね。それにしても、数値モデルのプログラムは膨大なものになるのでしょうね。SPRINTARSはどのように発展してきたのでしょう?

竹村博士:私がこの研究を始めた修士課程1年当時、エアロゾルの振る舞いを陽に組み込んだ気候変動モデルはありませんでした。そこで、まずは1種類のエアロゾルの地球分布を計算するモデルを作り、そこからエアロゾルの種類を網羅していき、さらに相互作用の効果も付け加え、SPRINTARSをバージョンアップさせていきました。今や大学院生でも読みこなすのが難しいくらい複雑かつ膨大なプログラムになっています。

数値モデルの世界では、ツールを作ること自体も研究テーマとなり、それを発表する論文はdescription paperとよばれています。私も東京大学海洋研究所、国立環境研究所、海洋開発研究機構と共同でSPRINTARS を改良し、その成果をJournal of Climate誌(2010年、引用数567件)やGeoscientific Model Development誌(2011年、引用数492件)などに発表してきました。

―これらの論文はどのように引用されているのでしょう?

竹村博士:気候変動対策をする際の科学的根拠となる資料として世界的に権威のある、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書や、SPRINTARSの解析結果を用いた論文に引用されています。国際的にみても数値モデルを作った時期が早く、長年かけて改良を重ねることができたため、計算結果の再現性も良く、高い評価を得ていると感じています。論文の引用件数が多いのもこのためでしょう。

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竹村俊彦博士へのインタビュー・後編では、研究の醍醐味や学術界への提言について伺います。

竹村俊彦博士研究コラム「エアロゾルによる気候変動」

高被引用論文著者(HCR)インタビュー記事一覧はこちら

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『気象の数値モデル作成は誰がやっても同じ結果にはならない、いわば職人技』-竹村俊彦教授インタビューより

大気中の微粒子が気候を変える!?数値モデルSPRINTARSが挑む壮大なプロジェクト・後編

数値モデルのプログラミングは誰がやっても同じ結果にはならない職人技

―20年以上にわたり、エアロゾルが気候変動に及ぼす影響を探るべくSPRINTARSの開発・運用に携わっていらしたとのことですが、研究をなさっていて、どういう時が一番楽しいですか?

SPRINTARSを使って一般社会に対しても情報を発信する竹村俊彦博士

竹村博士:プログラミングをしているときですね。気候の数値モデルというのは、すでに解明され定式化された現象だけでなく、理論的に明らかにされていないプロセスについても、数式に落とし込まなければ作れません。例えば、砂漠で風が吹く状態をイメージしてみてください。砂がふわっと舞い上がりますが、この個々の砂粒の動きは実は理論的に完全には解明されていません。でも、風が強く吹けば舞い上がる砂の量は多くなるので、風速と砂の舞い上がり量の関係式をコーディングしてみればいいのです。

ごく簡単な例をお話ししましたが、実際には日ごろから幅広く論文を読み、各専門分野の最新の知見に基づいて数式をコーディングしていきます。誰がやっても同じ結果にはならない、いわば職人技といえるでしょう。こうやればうまくいくはず、と思ってプログラムを走らせても、たいていバグが出てしまうので試行錯誤の繰り返しです。1つの過程を組み込むのに最低でも1週間はかかりきりになりますが、うまくいった時の喜びはひとしおです。

―大学の運営に関わるお仕事もされながら、それだけの時間を確保するのは大変でしょうね。

竹村博士:確かにPIになっても自身でプログラミングするのは大変ですし、めずらしいことかもしれません。後進を育てていくことも必要なので、大学院生や若い研究者と分担しながら改良を進めています。

数値モデルの予測結果で社会へも貢献

―SPRINTARSを使って一般社会に対しても情報を発信されているそうですね。

竹村博士:PM2.5や黄砂がどれくらい飛散するか、1週間先までを予測して公開しています(図:PM2.5・黄砂週間予測システムの開発と運用)。SPRINTARSはエアロゾルによる気候変動を予測するための数値モデルなので、数年とか数十年という単位の変化を追うように設計されていますから、明日や1週間先など短期的な予測するためには補正する必要がありますが、基本的には同じ理論に基づいて計算しています。PM2.5や黄砂の予測は、SPRINTARSの副産物ともいえる成果です。喘息をお持ちの方や小さなお子さんなど、このような情報を必要としている方がいらっしゃいますし、社会貢献の一環としてボランティアでやっています。

PM2.5・黄砂週間予測システムの開発と運用の説明図
図:PM2.5・黄砂週間予測システムの開発と運用

―国際的にはいかがでしょうか?

竹村博士:2007年の福島第一原子力発電所の事故の際には、放射性物質の飛散量を予測し、海外の国々にどれくらいの影響があるかを2011 年にScientific Online Letters on the Atmosphere (SOLA)誌に発表しました。事故が起きたのは3月でしたが、夏には論文を発表しました。この論文をきっかけに、より狭い領域でより短期的な飛散予測を詳細にするための数値モデルの開発が進みました。

また新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大の影響により、2020年2月ごろからNO2の発生量が中国で激減していることが報告されています。このようなデータとエアロゾルの観測値を解析することにより、どのくらいNO2を減らせばこれくらいエアロゾルが減るという分析も可能だと思われます。現在、取り組んでいる課題の1つです。

研究は政府関係者からの注目を集め、IPCCの報告書作成という名誉へ

―IPCCの報告書の作成にも関わったと伺いました。どのようなお仕事をされたのでしょうか?

竹村博士:IPCCの報告書の著者は各国政府からの推薦を受けた研究者の中から、IPCCの本部により選出されます。大変、名誉ある仕事で、私にもそのようにして声がかかりました。

報告書は、比較的新しい学術論文の成果をまとめたものです。フルペーパーの論文を書くのとは違い、むしろレビュー論文を書く作業に近いですね。専門家や政府関係者からの査読も3回入ります。第4次評価報告書では執筆協力者、第5次報告書では主執筆者を務め、当時は常に締め切りに追われている感じで研究との両立に苦労しましたが、重要な仕事に関わっているという使命感で乗り切りました。

ポジションを得る前の若手研究者へ支援を

―国際的にご活躍されている先生のお立場から、若い研究者へアドバイスがありましたらお聞かせください。

竹村博士:研究者として自立していくためには、装置にせよモデルにせよ、何かしら自分自身でツールを開発することが大事です。誰かが作ったツールを使えば簡単にデータが出るし論文の数も増えるかもしれませんが、やはり自分で作ったツールを持っている人は強い。そのツールにかけては、誰よりも自分がその特性をよく理解していますし、たとえ自分の研究が行き詰ったとしても、他の人がそのツールを使ってくれることで、思わぬ方向に進展することもあるでしょう。

加えて、研究の幅を広げることも大事です。私自身、30歳のときにNASAのGoddard Space Flight Centerに1年ほど滞在し、専門の数値モデルではなく、あえて人工衛星を使ってエアロゾルの観測をしているラボを選んで仕事をしました。おかげで観測に関する理解を深めることができましたし、それまで交流のあった海外の研究者とお互いに顔が見える関係を築くことができ、情報交換もさらにやりやすくなりました。メールやweb会議ツールが発達している時代でも、やはり直接会ったり一緒に仕事をしたりすることで、より信頼関係が強くなることを実感しました。

―現在、日本の研究者の数が減り続け、論文の数も欧米や中国に押されていると聞きます。どうしたらこの状況を解決できるとお考えですか?

竹村博士:研究者の数を増やし、層を厚くするために、博士課程に進む学生の数を増やすための対策を打ち出すことが急務です。優秀な学生ほど博士課程に進まずに民間企業に就職する傾向があり、もったいないと感じています。

今、若手研究者をサポートする研究費はそれなりに充実していますが、これはすでにポジションを得て自立した若手研究者を支援するためのものです。学位をとってからポジションを得るまでの間も生活に困らない仕組み作りが必要です。欧米では、獲得した研究費の中から自分の給料を出すことが可能なのですが、このシステムを、是非、日本の若手研究者、それも30代くらいまでの人たちに向けて導入したらいい。そうすればキャリアパスを具体的にイメージできるので、博士課程に進もうと思う人が確実に増えるでしょう。

ツール開発から気候変動の影響予測へ – さらに拡がる研究課題

―最後に、先生がこれから取り組んでいきたい課題をお聞かせください。

竹村博士:これまではSPRINTARSのツール開発自体が研究のメインで、エアロゾルによる気候変動の影響を統合的に評価できるようになったのは、つい、この2~3年のことです。今後はエアロゾルの排出を何年かけてどの程度減らせば、地球の温度がどの程度変化するといったような分析結果を出すところまで持っていきたいです。

―壮大なプロジェクトですね。ますますのご発展をお祈りしています。ありがとうございました。 

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竹村俊彦博士へのインタビュー・前編では、数値モデルSPRINTARSとエアロゾルの概要についてお話いただいています。

竹村俊彦博士研究コラム「エアロゾルによる気候変動」

高被引用論文著者(HCR)インタビュー記事一覧はこちら

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SPRINTARSによるエアロゾル予測-竹村俊彦博士オフィシャルサイト「SPRINTARS」より

研究コラム「エアロゾルによる気候変動」

SPRINTARSによるエアロゾル予測-竹村俊彦博士オフィシャルサイト「SPRINTARS」より

大気汚染物質であるエアロゾルは気候変動にも大きな影響を及ぼす。そのプロセスは大きく分けて2つある。

1つはエネルギーのやりとりに直接及ぼす影響で「エアロゾル–放射相互作用」とよばれている。地球上に入ってくるエネルギーと出ていくエネルギーが等しければ、気候はほとんど変化しないはずだが、このバランスが崩れると気候変動を引き起こす。たとえば、光化学スモッグが出ている際に空が白っぽく見えることがあるが、これは硫酸塩や硝酸塩のように透明なエアロゾルに太陽光が当たり散乱するためである。この時、太陽光からのエネルギーもエアロゾルによって跳ね返されるので、地球に入ってくるエネルギーは減少する。一方、すすのように黒っぽいエアロゾルの場合は、光を散乱させるだけでなく、エネルギーを吸収するため、散乱するエネルギーの量は少なくなる。

もう1つは「エアロゾル–雲相互作用」とよばれるものだ。実は地球上の雲というのは、どんなに湿度が高くても微粒子が存在しなければ形成されない。微粒子であるエアロゾルが核となって周りに水蒸気がついて雲粒が生成され、成長して雲となる。水蒸気の量が等しいと仮定した場合、エアロゾルが多いほど雲粒が多くなり、太陽の光を遮るので、より多くのエネルギーが遮断される。また、雲はやがて雨を降らせるため、エネルギー収支だけでなく雨量にも影響を及ぼす。

いずれの相互作用を介しても、エアロゾルが増えれば増えるほど太陽の光を散乱することになり、地球を冷やす効果が高くなると考えられている。

エアロゾルによる気候変動解説図
図:エアロゾルによる気候変動

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竹村俊彦博士へのインタビュー・前編では、数値モデルSPRINTARSとエアロゾルの概要についてお話いただいています。

竹村俊彦博士へのインタビュー・後編では、研究の醍醐味や学術界への提言について伺います。

高被引用論文著者(HCR)インタビュー記事一覧はこちら

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