『ただやみくもに新しいものを作るのではなく、コンセプトを考え、ビジョンを示し、先を予測する。そこから真の飛躍が始まるのです。これぞ研究の醍醐味だと私は思っています。』-北川進博士

多孔性配位高分子(PCP):ナノスケールの孔から広がる無限の可能性・前編

論文の高被引用は研究分野の発展の証

Highly Cited Researchersに6年連続で選出された感想を語る北川進博士

―このたびは、Highly Cited Researchers 2019に選ばれ、おめでとうございます。北川先生はこれで6年連続のご受賞となります。特に1997年のAngewandte Chemie-International Edition誌に掲載されたPCPの論文は、845件という引用件数もさることながら、この論文を引用した論文の引用件数も46,171件と極めて高くなっています。ご感想はいかがですか?

北川博士:PCPの分野で研究を始めて20年以上が経ちますが、当初は見向きもされなかった論文が多くの論文で引用され、その論文がさらに引用されていることは、それだけこの分野が発展してきた証といってよいかと思います。特に2010年ごろを境に、それまでは化学分野での引用が中心だったのが、物理や材料、さらには生物といった分野にまで波及していきました。感慨深いものがありますね。

発想の転換から生まれた「無用の用」-多孔性配位高分子(PCP)の構築に成功

―PCP開発の発端となった1997年の論文では世界に先駆けて無機物と有機分子からなる3次元的かつ強固なネットワークの構築に成功されたということですが、概要を教えていただけますか?

北川博士:分子でネットワーク構造を作る試みは100年以上前から行われていて、初期のころは金属イオンをシアン化物イオンやハロゲン化物イオンでつないでいました。1960年頃になると、これに有機分子を加える試みが始まります。

PCP開発の経緯について話す北川進博士

孔のあいたネットワーク構造を作るためには、なかに「詰め物」となる溶媒を入れて分子の「ジャングルジム」を作り、そのあと溶媒を取り除くのです。ところが1990年代半ば当時は、溶媒を除去するとジャングルジムもつぶれてしまっていた。私は溶媒を取り除いてもネットワーク構造がつぶれないものを作ることに成功したのです。しかも、分子を吸着させ、これを放出することが可能なものができました。無機分子と有機分子(有機配位子)を配位結合でつないで多孔質構造を形成させるので、これを多孔性配位高分子PCPと名付けました(北川進博士研究コラム「配位結合とPCP」参照)。

―同様の試みはアメリカやオーストラリアでもされていたようですが、先生が世界に先駆けてPCPを作ることができたきっかけは何だったのでしょう?

北川博士:初めからPCPを開発しようと思っていたわけではないのです。もともとは金属錯体(金属と非金属の原子や分子が配位結合によって結合した化合物)を利用して新しい磁性体や電導体を作る研究をしていました。金属酸化物ですと、わりと簡単に磁性体や電導体になるのですが、金属錯体ではなかなかうまくいきませんでした。どうしても余分な隙間ができてしまい、磁石にもならない、電気も通らない。

ところが、ふと気がついたのです。磁性体や電導体としては失敗作かもしれない。でも多孔質構造としては成功作なのではないかと。この隙間を利用すれば、新しい化学反応の場を作ることができるのではないかと発想を転換しました。中国の古典に「無用の用」という言葉があります。一見無駄に見える隙間は、その構造が機能を発揮するために必要な空間なのだ、という意味です。まさにこれだと思ったわけです。

発表当初は無視された論文が、PCP研究を大きく発展させる引き金に

―論文が発表された当初、周りの反応はいかがでしたか?

北川博士:はっきり言って、無視されました(笑)。PCPの孔はナノメートルの大きさですから肉眼で直接見ることはできず、X線結晶構造解析という手法を使って分析し間接的に見るのですが、その解析方法が間違っているのではないかとも言われました。多孔質構造なら活性炭やゼオライトといった材料が既にあったので、何を今さら、という印象も持たれたのかもしれません。

ところが、より多くの分子を吸着させる性能をもつPCPの開発が始まると、だんだん注目を浴びるようになり、多くの研究者が参入してきました。みなこぞって活性炭やゼオライトの性能を超える材料を作り、トップジャーナルへの論文掲載を目指す時代が訪れました。

―そのような状況の中、PCPには活性炭やゼオライトにはない特徴があることを予測されたそうですね。

PCPのフレキシブルで柔らかい特徴を象徴する、北川進博士のお部屋に飾られた絵画
拠点長室には、これまでに発表した研究成果をイメージしたイラストが飾られている。チョウのイラストもその一つ。

北川博士:1998年のBulletin of Chemical Society of Japan誌に掲載したレビューに、PCPには「フレキシブルで柔らかい」という特徴があるはずだと書いたところ、予測通り、2001年にはこれを実証する論文が発表されました。イメージとしてはジャングルジムの格子が、一斉に縮んだり斜めにひしゃげたりするというと分かりやすいかもしれません。このフレキシビリティのおかげでPCPは活性炭やゼオライトの性能を超えただけでなく、反応のスイッチング機能を獲得したのです。

無機物と有機分子からなる配位高分子を第1世代、これを強固な多孔質構造に進化させたPCPを第2世代とすると、柔らかさを活かして分子の貯蔵・分離・触媒といった様々な機能を獲得したPCPは第3世代という位置づけになります。第3世代に関する知見を2009年Nature Chemistry誌にレビューとしてまとめました(引用件数1156)。

多数のレビュー執筆は、PCP研究のパイオニアとしての使命感から

―先生はフルペーパーの論文だけでなく、レビューも多数執筆なさっているのですね。レビューを書く意義をどのように考えていらっしゃいますか?

北川博士:一言で言えばオリジナルの仕事を明らかにすることだと思います。一般的な学術の流れとして、何か新しいものが出てくると、初めはあまり注目されない。でも、そのうち認知されてくると、急激に興味を持たれて大勢の研究者が群がり、論文が山のように発表されてくるのです。そうなるとパイオニア的な仕事は忘れられて、直近に発表された論文しか引用されなくなる。レビューについても、最近発表された論文をとりあえず集めてまとめただけというお手軽なものが増えているように感じます。

レビュー論文はサイテーションを上げる手段の1つと考えて書きたがる人もいると聞きます。発表されている膨大な数の論文に目を通すのは大変な作業になるため、レビューを引用する方がオリジナルペーパーを読み込むより楽だから引用も増えるのでしょう。しかし、だからこそ、誰がオリジナルな仕事をしたのかを明らかにして発信することは、科学者の重要な使命だと思っています。

―そういう意味では、先生はPCPの第一人者でいらっしゃるので、まさにレビューを書くのにふさわしい研究者ですね。

北川博士:実際、レビューを書いてくださいという依頼がたくさんあります。全部はお引き受けできないので、選ぶのに一苦労です。レビューを書くのは大変な作業ですが、私は嫌いではありません。レビューには、単に既発表論文を整理するだけでなく、それらを学術的な流れの中で位置づけ、さらにはこれからの方向性を提示するという役目があります。ともすると、材料科学の世界では、やみくもに新しいものを作って満足して終わってしまいがちですが、今後の学術的なコンセプトを考え、ビジョンを示し、先を予測する。そこから真の飛躍が始まるのです。これぞ研究の醍醐味だと私は思っています。

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北川進博士へのインタビュー・後編では、若手研究者へのメッセージや論文執筆、共同研究について伺います。

北川進博士研究コラム「配位結合とPCP」

高被引用論文著者(HCR)インタビュー記事一覧はこちら

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北川進博士-京都大学のお部屋に飾られた絵画の前で

多孔性配位高分子(PCP):ナノスケールの孔から広がる無限の可能性・後編

日本の資源「人」を育てる支援策が必須‐若手研究者には焦らず「ダイヤモンドの鉱石」を見つけてほしい

焦らず、根気よく研究を続ける大切さについて語る北川進博士

―先生は、もともとは理論化学を専攻していらしたそうですが、コンセプトを提唱することを大事にしていらっしゃると伺い、なるほど理論化学者らしい発想だなと思いました。理論化学から錯体化学へ転向し、さらにはPCPの分野を作り上げてきた一連の歩みは、若い人にとって素晴らしいロールモデルとなると思うのですが、若手の研究者に伝えたいことはありますか? 

北川博士:先ほども申し上げたように初めからPCPを作ろうとは思っていなかったのですが、たまたま就職した研究室で巡り合ったテーマが、結果的にPCPを生み出しました。

思うように結果が出ず、焦り、悶々とした日々もありました。それでもしぶとく粘ること。そしてあらゆる手を尽くし、いろいろな経験をすること。そうしてバックグラウンドを作ってチャレンジを続ければ、きっと「ダイヤモンドの鉱石」がすぐそばにあることに気がつくことができると思います。年齢で言えば、1997年の論文が出た当時、私は46歳、その後さらに花開いたのは50代になってからです。ですから若い人には「焦らないで」と言いたいです。

―論文が出るスピードが速くなり、また任期付きのポジションしかないという状況の中で、なかなか腰を据えて研究に取り組むのは難しいのでしょうね。博士課程に進学する学生も少なくなっていると伺いましたが、どうすれば日本の研究を盛り上げていくことができるとお考えですか?

『資源もエネルギーもない日本において、国の資源はなんといっても「人」です』-北川進博士へのインタビューより

北川博士:若い人のレベルが落ちているとは決して思いません。ただ博士課程にいく人が少なくなっているのは事実です。理由は、ポジションが少ないからでしょう。昔はパーマネントのポジションがそれなりにありましたが、今は定員を削減していますから空きが出ても募集をかけないことがよくあります。

優秀な若手研究者の支援体制をもっと強化しないといけません。たとえば若手研究者の登竜門として科学技術振興機構(JST)の「さきがけ」という助成金プログラムが知られていますが、その門戸をもっと広げるのも一つの解決策となるでしょう。

資源もエネルギーもない日本において、国の資源はなんといっても「人」です。ロールモデルとなる先輩がでてくれば、後に続こうという学生もきっと増える。大型の研究にお金を出すのも大事かもれませんが、若手研究者の支援はそれ以上に大事な課題だと思います。

論理の飛躍なく、客観的に推敲された論文を

論文執筆の指導法について語る北川進博士

―研究室にいる若手研究者の人に論文の指導などもなさるのですか?

北川博士:私の研究室にはポスドクが数名いますが、論文を投稿するまで私がレフェリー役になって何度も修正します。

論文を書くときに一番気をつけたいのは論理に飛躍が無いようにするということです。きちんと既発表論文を読み込んで、数行に1報は引用するくらいの気持ちで丁寧に論文を引用することが大事です。

また、こんな面白いデータがあるからみてもらいたいという思いからか、大上段に構えて「この研究からこんなことが可能になる」というようなことをイントロダクションに書いてみたものの、その結論は実験データから直接導きだせないということが、ままありますね。書いた原稿を客観的に見つめ、自分のシナリオから脱却することも大切です。

―先生ご自身も多数の論文やレビューを執筆されていますが、使っていらっしゃるツールがあれば教えてください。

北川博士:論文の整理にはEndNoteを使っています。私が所属する京都大学・物質‐細胞統合システム拠点iCeMS(アイセムス)では研究室間の共同研究が盛んですが、EndNote Site Licenseを使えば、自分がチェックした論文リストを研究室のメンバーはもちろん、共同研究者ともシェアできるので大変便利です。また、リサーチミーティングで議論するときなど、視覚的に論文を共有できるのも大変ありがたいですね。

新しい発想や経済的なメリットを生むアイセムスの異分野間共同研究

―共同研究のメリットは何でしょう?

北川博士:分野の異なる研究者と仕事をすることで、発想の幅が広がりますね。一つの分野の中だけで仕事をしていると、気がつかないうちに発想が凝り固まってしまいがちです。

私は化学が専門ですが、Spring 8の物理の先生方と一緒に研究したことは、とても面白い経験でした。化学の人達はエンドユーザーで既にある機械を使うのが一般的ですが、物理の人たちは物質に合わせて装置を一から作り上げるのです。おかげでPCPに酸素が吸着する状態を明らかにすることができました。私の研究のあゆみの中でも印象深い仕事です。

―アイセムスでは材料科学や生物学をはじめとする様々な分野の研究者が所属し、共同でプロジェクトを進めているそうですね。アイセムスのコンセプトは何でしょう?

iCeMSでの異分野間共同研究のメリットについて語る北川進博士

北川博士:この拠点を立ちあげる時に目指したのは「メゾスコピックなサイエンス」です。メゾスコピックとは、500nmくらいの大きさを指します。生命現象を明らかにしようと思ったら、まずは細胞の仕組みを理解しましょうとなりますが、完全にバラバラにして分子にまで分解してしまっては、生命としての機能は失われてしまいます。かといって細胞のままでは複雑すぎて解析できない。細胞の働きの要となる一連のプロセスは、いずれもメゾスコピックなサイズで起こっているのです。これを解明していこうというのがアイセムスのスタンスです。

―異分野間の交流を活発にさせるために具体的にはどのような工夫をされているのでしょうか?

北川博士:それぞれの研究室を孤立させないために、材料と生物の各分野の中ではオフィスを共有しています。別の部屋にいる人には「今、どんなことをしているの?」などと気軽に聞けませんが、そういう会話が日常的に行える環境を作っています。そこから新しい発想や共同研究のチャンスも自然と生まれてきます。

また、実験設備も共有しています。アイセムスではコアファシリティーがあって、独立したPIの人たちがお金を払ってそれを使います。そうすれば自分の研究費で高価な機械をわざわざ買う必要がありません。もし、もっと性能のいい機械を使いたければ、それこそ、その専門家に共同研究を持ち掛ければいいという考え方です。

更なる発展を続けるPCP研究

―今後はどのような課題に取り組んでいきたいですか?

北川博士:PCPは、さらに進化して第4世代を迎えようとしています。最近では、爆発性の物質を感知して変形するPCPが開発されました。また、固体であるにもかかわらず水に溶けるPCPも登場しました。これを他の材料に混ぜ、あるいは塗布して膜をつくることにより、既存の技術とハイブリッドさせれば、さらに新しいデバイスを作ることが可能です。 

PCPを詰め込んだ筒に空気を通過して酸素を濃縮するような大層な方法でなく、繊維にPCPを混ぜてハイブリッド膜(布)とすれば、空気中の酸素を濃縮して取り込むことができるマスクができるかもしれません。

―PCPの可能性が無限に広がりますね。ますます期待が高まります。今日はありがとうございました。

多孔性配位高分子構造モデルのクリアファイル
1997年に発表したPCPの分子構造をモデルにしたクリアフォルダ

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北川進博士へのインタビュー・前編では、PCP開発の経緯や、レビュー論文執筆の重要性についてお話いただいています。

北川進博士研究コラム「配位結合とPCP」

高被引用論文著者(HCR)インタビュー記事一覧はこちら

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多孔性配位高分子構造モデルクリアファイル-北川進博士提供

研究コラム「配位結合とPCP」

ハニカム構造のPCP/MOFと四角格子構造のPCP/MOF-京都大学iCeMS提供
図・ハニカム構造のPCPと四角格子構造のPCP 京都大学アイセムス提供

分子は原子が結合してできている。原子同士を結合する「のり」には種類があり、共有結合、金属結合、イオン結合などといった用語を聞いたことがある方も多いだろう。配位結合もその1つで、見た目は共有結合と似ている。共有結合では、2つの原子がお互いに電子という「手」を出し合い、いわば双方が握手する形で「のり」が形成される。一方、配位結合では片方の原子のみが手を伸ばし、「のり」の部分に電子を供与する。

PCPの「のり」には配位結合が使われている。手を差し伸べるのは有機配位子、その手の受け取り側は金属イオンだ。金属イオンからは複数の受け取り手が決まった方向に伸びている。例えば、2本なら直線、4本なら正方形または正四面体、6本なら正八面体の頂点に向かう方向といった具合だ。有機配位子の方も1点を中心にして2方向、3方向、さらには4方向に向かって直線が伸びた形をしている。両者が結合してネットワークを作れば、ジャングルジム型(四角格子構造)やハチの巣型(ハニカム構造)など様々な形の孔をデザインすることが可能となる(図参照)。

PCPの配位結合について説明する北川進博士

特定の分子がぴったりはまるサイズの孔からなるPCPをデザインすれば、よりコンパクトに分子を吸着できるため、従来のように大きいボンベを使わずとも、手のひらサイズのチップに気体分子を貯蔵して持ち運ぶことができる。また、特定の分子を引き寄せる金属を用いてPCPをデザインすれば、サイズや性質が似たような分子が混在する気体から、目的の分子を効率よく分離することができる。さらに、反応性が高い金属を用いれば、吸着した分子に対して触媒として作用させることも可能だ。これらの機能を組み合わせてPCPを設計することにより、より少ないエネルギーで効率よく様々な分子を合成する、いわば「気体の錬金術」が実現すると期待されている。

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北川進博士へのインタビュー・前編では、PCP開発の経緯や、レビュー論文執筆の重要性についてお話いただいています。

北川進博士へのインタビュー・後編では、若手研究者へのメッセージや論文執筆、共同研究について伺います。

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