代名詞の誤用1

タイトルに出てくる名詞を本文中で直接指し示すこと 学術英語では、著作物中の(章、節などの)タイトルと本文は互いに独立しているものと見なされるため、本文においてタイトルに出てくる名詞(あるいはタイトル全体)を代名詞で指し示すことは誤りです。 たとえば「Passive Transmission by Blood Transfusion」というタイトルの章があるとしましょう。そこで、本文において最初の文を「This is a serious problem in…」と書き出し、「This」でタイトルを指し示そうとすると、タイトルと本文が文脈のうえでつながってしまうことになります。このような構造はきわめて不自然であり、使用するべきではありません。上の例の修正方法としては、「This」を「The passive transmission of…by…

主語と動詞の間の距離

主語と動詞との間の距離が長いと文章が不自然かつ難解になることが多いので、そういった構文は避けるべきです。以下にその典型的な誤用例を示します。 [誤] This solution, which was first derived by Wallace in an investigation of excitable…

you

学術著作物において、二人称代名詞の「you」は原則として使用しません。以下にその誤用例と修正例を挙げます。 [誤] As most of you are probably aware, Spelaeoecia bermudensis is categorized as “critically…

「in this paper」と同様の表現について

論文において「in this paper」、「in this section」などという表現がよく使用されますが、その用法にはたびたび誤りが見受けられます。よく見られる誤りとして、そのような表現を用い、われわれが実際に論文外で行う行為や行動について述べようとすることが挙げられます。こうした表現はあくまでも論文自体の内容を描写する場合にのみ使えるものであって、それらの表現を用いて「数値計算や実験などを『行う』」というような表現を導こうとすると、論理的な問題が発生します。言うまでもないことですが、論文内の行為と見なされうるのは文章、数式、グラフ、図などといった論文内で行われる行為のみであり、「われわれ」が論文内で数値計算、実験、観察、現地調査、臨床調査などを「行う」というようなことは不可能です。 以下に、上述した内容の具体的な例として、誤用例と正しい例を挙げます。 [誤] In this paper, we analyzed the genome-wide changes…

研究倫理

人間あるいは動物を対象とした実験や調査を行う際には、倫理綱領に従わなくてはなりません。関係する当該研究機関の倫理委員会による審査および承認を受ける必要があり、その事実を論文の本文中に明記することが条件となります。 詳しいことについては以下のウェブサイトをご参照ください。 日本語: http://www.lifescience.mext.go.jp/bioethics/ http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/37_139.pdf http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/40_126.pdf http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/administration/lifescience/torikumi.html http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/06060904.htm http://www.wrc.kyoto-u.ac.jp/guidelines/captive.html http://www.niph.go.jp/wadai/ekigakurinri/ 英語: http://www.who.int/ethics/research/en/ http://www.unesco.org/most/ethical.htm http://www.ufrgs.br/bioetica/cioms2008.pdf http://www.apa.org/science/leadership/care/guidelines.aspx…

「文字」の英訳

日本語の「文字」が「character」または「alphabet」と誤訳されるケースも、しばしば目にすることがあります。「文字」が「character」と訳される場合(すなわち、漢字などの表意文字の場合)もありますが、表音文字の場合、「文字」は概して「letter」と訳されます。また、「alphabet」は、1つの文字ではなく、必ず「文字体系」を意味します。 以下に「文字」の正しい訳の例を示します。 (1) The letters “a” and “b” here indicate the most likely identifications of…

大文字・小文字(2)

大文字と小文字の使い分け方について、前回に引き続き説明します。 5. 論文中のセクション、数式などを指す名詞 論文の中で本論文中または他の論文中のセクション、数式、図などに言及することはよくありますが、それらを指し示す際には、固有名詞を用いる場合と普通名詞を用いる場合、どちらのケースも存在します。以下にそれぞれの場合における例文を示します。 (5a) Let us consider Eq. (3.2). (5b) Let us consider the…

大文字・小文字(1)

大文字と小文字の使い分け方について、2回に分けて説明します。 1. 固有名詞 1.1 大小文字の使い分け 原則として固有名詞の最初の1文字は大文字になります。また、固有名詞が2つ以上の単語を含む場合は(冠詞、接続詞、前置詞を除いて*)その各単語の先頭文字を大文字にします。このルールに関して最も注意したいことは、固有名詞が一般的な単語を含むこともしばしばあり、その単語の先頭文字も大文字になるという点です。たとえば以下の固有名詞がそのような例として挙げられます。 *原則として冠詞、接続詞、前置詞はすべて小文字で表記されますが、それが固有名詞の先頭に置かれる場合は語頭が大文字になることもあります。「The Oxford English Dictionary」はその有名な例です(関連した解説を第4節で行います)。 Pacific Ocean, United Nations, Lake…

不定代名詞(1)someone、anyone、everyone、no one

不定代名詞である「someone」、「anyone」、「everyone」、「no one」の語が時おり誤って用いられるのを目にします。ここでもっとも留意していただきたい点は、これらの代名詞は必ず人を指し、人以外のものを指すことができないということです*。以下に、それらの語によく見られる誤用例とその修正例を挙げます。 [誤] Someone of these methods could be useful. [正] One of these methods…

while

接続詞「while*」には2種類の意味がありますので、誤解を避けるために注意が必要です。 「while」が接続詞として用いられる場合は、「同時性」もしくは「対照性・対立」を表します。文章の内容によっていずれの意味で使われているかが明らかな場合も多いのですが、以下の文が示すようにそうではない場合もあります。 The temperature decreased while the growth rate increased. この文章は、「温度が下がったと同時に成長速度が上がった」という意味と、「温度が下がったのに対して、成長速度が上がった」という意味との2通りに解釈できます。正確には、後者の解釈が正しい場合には「decreased」と「while」の間にコンマが必要ですが、いずれにしてもこのままでは解釈が定まりません。上の文の意図を明確に表すためには以下のいずれかの例文のように書き直すべきです。 同時性: (1) The temperature…

variety

名詞「variety」は日本人の学者によって、論文執筆の際にたびたび誤用される語です。この名詞には3種類の用法があります。ここではそれらの用法の特徴を説明します。 I. 第1用法 意味:いろいろ、異なるいくつか、異なる種類。 役割:複数の異なるものを集合として指すこと。 (1) We used a variety of methods to derive these…

so that

「so that*」は日本人の学者によってよく誤用される語句です。以下に、特によく見られる誤用例とその修正例を示します。 [誤] In this way, we have devised a treatment so that the cost…

overview

「overview」は「概要」、「摘要」、「要約」などの意味を持つ名詞ですが、誤って動詞として用いられるケースを時おり見かけます。そのほとんどは「overview」が「review」、「summarize」、「outline」、「present an overview」の代わりに誤って使用されるケースで、文の内容により上記いずれかの語に置き換える修正が必用となります。例文を見てみましょう。 [誤] We begin by overviewing existing results. [正] We begin by /summarizing/reviewing/…

or

接続詞「or」は、日本人によって過度に使用される語です。私が校閲してきた論文の中でも「or」は多く用いられてきましたが、その約半分は「and」の方がより適切と思われるケースでした(対照的に、「and」が「or」の代わりに誤って用いられる例はまれです)。 「or」の基本的な役割は、文脈において複数の個別に実現できる「ケース」を識別することです。つまり、「or」によって結ばれる語句はそれぞれ個別の「可能性」を示しています。「or」と「and」のどちらを使うかを決める際には、まずその文脈を見る必要があります。その文脈において、「or」か「and」によって結ばれる語句が個別に実現できる「可能性」を表す場合は「or」を、そうでなければ「and」を用いるのが適切です。 以下に「or」の正しい用法の典型例を示します。 [正] However, the nature of this process depends greatly on whether the…

few

「few」は名詞と形容詞 、2つの品詞として使用できます。それぞれの用法は以下の例文のとおりです。 名詞: (1) A few of my friends came to my house last night.…

data

普段よく使用する単語に「data」という名詞があります。「data」はもともと「datum」という語の複数形なので、厳密には文中で「data」が主語となる場合は、その動詞も複数形にならなければなりません。 [誤] This data is useful for generating enhanced images. [正] These data are useful…

comparing with (to)

副詞の役割を果たす「comparing with (to)」もよく誤って用いられる語です。以下にその典型的な英語論文での誤用例と修正例を示します。 [誤] Comparing to the previous results, the present results are much more…

cannotとcan not

「can」の否定形に「cannot」という表現がありますが、「can not」というように2語に分けて表記することも可能です。しかしどちらを用いるべきかという話になれば前者の方が一般的です。「can not」は、「not」が示す「否定」の意味を特別に強調しますので、このような強調が望ましくなければ「can not」は不適切です。この強い否定の形「can not」が望ましいケースが2つあります。 ひとつは、「can not」を含む文によって表される内容が特別に重要な場合で、もうひとつは「not」に示される否定が読者の期待に反するという場合です。こういったケース以外には1語の「cannot」を用いるべきです。 以下に「can not」の典型的な正しい用例を示します。 (1) Francis et al. claimed that…

both

形容詞もしくは代名詞の働きをする場合(接続詞としての用法もあります)、「both」は日本人学者によって誤って使用されることがよくあります。最もよく見られるのは、「both」で2つの物事の「関係」を表わそうとするという誤りです(これは日本語の「両」が「both」に相当するという、日本人の通念に起因するものと思われます)。実際には、「both」は2つの物事をまとめて指し示すことはできても、「関係を表す」という役割を果たすことはできません。以下に、この語を用いた典型的な誤用例と修正例を示します。 [誤] Both experiments yielded consistent results. [正] These (two) experiments yielded consistent results. [正] The results of…

assure

動詞「assure」は、「保証」という意味を持つことから「insure」、「ensure」、「guarantee」などといった単語と似ていますが、これら3語と比較すると「保証」の意味での確実性は低くなります。さらに、「assure」の最も自然な用法では、(直接目的語となる)人に対して用いられ、「insure」、「ensure」、「guarantee」が表す「物事を保証する」という意味よりは、むしろ「物事が保証される『と思わせる』」または「物事が保証される『と思わせようとする』」という意味を表します。以下の文は「assure」の典型的な(正しい)使用例です。 [正]The simplicity of this approach assures us of its general applicability. [正]The patient was…

as well as

「as well as 」は日本人学者が英語論文を書く際に最もよく誤用される表現の1つです。その誤りの多くは「as well as」が「and」と同様に使用できるという誤解に起因するものです。実際のところ、2つの表現は類似した意味を持ってはいますが、それらの間には意味上、および文法上の重要な違いがあります。「as well as」は、「and」と似た意味を示す場合には、前置詞の働きをし、「and」よりむしろ「in addition to」に近い意味を持っていると言えます。それゆえ、「A as well as B」と表現する場合、「A and…

dosageとdose

医学の専門用語で「dosage」と「dose」があります。これらの語は似た意味を持ちますが、同義ではありません。以下にそれぞれの語の意味とその典型的な使用例を挙げます。 dose: 1回の投与量。 (1) Each packet contains one dose. dosage: 投与量、頻度、継続期間の決定や調整。 (2) The dosage was…

cooperateとcollaborate

「cooperate」と「collaborate」は意味が似ており、双方とも「共同する」、「協同する」、「協力する」のいずれにも訳されうる可能性があります。しかし重要な意味上の違いもあり、通常はそのまま置き換えることはできません。「cooperate」が持つ語意は「collaborate」の持つ語意に包含されていますが、「collaborate」の語意の一部を形成するにすぎません。「cooperate」が単に「力を合わせる」という意味を表すのに対し、「collaborate」はその「力を合わせる」こと自体のみならず、むしろ協力の目標に主眼を置き「協力によってある結果を生み出そうとする」という意味を表します。 以下に動詞「cooperate」と「collaborate」、およびその名詞形「cooperation」と「collaboration* 」の正しい使用例を挙げます。 (1) Thomas and Yamada have collaborated on several research projects. (2) We…

研究論文が却下される10の理由 (4)

論文が却下される10大理由を考えてきましたが、今回はその最終回。英語を母国語としない私たちにとって、最も大きな落とし穴について考えてみたいと思います。 9. 言いたいことが飛び飛びになっていて読みづらい 著者の言いたいことが飛び飛びに書かれていて、結果として読みにくい文章になってしまうことは、英語が母国語でない私たちにとっては最も厄介な問題です。日本語と英語では「論理のつなげ方」が違いますので、日本語では筋が通った明確な文章も、英語に直訳すると読みづらく感じられます。これに、略語の多用や、日本の学術界の常識と海外の学術界の常識とのくい違いなどが加わると、説明が必要なことが省略されてしまったり、逆に常識的なことがくどくどと説明されてしまったり、ということが生じます。 査読者から「unclear(不明確)」や「redundant(重複が多い)」というコメントが戻って来たら、英語の論文を書き慣れている人に校正してもらいましょう。 10. 盗用と誤用があった 他の論文の結果や表現を引用する場合は、引用先を明記する必要があります。論文を書いたことのない人にとっては、とても簡単に聞こえるルールですが、実際に論文を書き始めると、このルールには意外にもトリックがあるということがわかります。 たとえば会員限定で発行されているジャーナルに投稿された論文の結果など、引用元の論文全体を自分では確認できないことも多々あるのですが、他の論文でそれが引用されている箇所のみを読んで、全体を読まないまま、「読んだこと」にしてしまうことも技術的には不可能ではありません。しかし、その理解は不十分なままでしょう。 また、いまは多くの論文が電子化されているので、コピー&ペーストによる盗用も簡単にできてしまいます。しかし、引用の盗用や誤用は研究者に取って命取りとなります。掲載前に見つかることは稀ですが、研究者のなかには、不採用の手紙といっしょに査読者から「私はこのようなことは言っていません」と返事が来たという人もいます。掲載後に他の読者から指摘された場合も含め、このようなことがあると、今後、あなたの名前がブラックリストに載る可能性もあります。 他の論文に引用された研究を自分が引用したい場合には必ずオリジナルを確認し、引用するときには細心の注意をもって当たりましょう。どんなに重要な研究でも、確認のできない論文に関しては引用しない、または、脚注にそのことを注記することをお勧めします。

「Google Scholar」を活用しよう

自分の研究を進めるうえで、同じテーマで過去に書かれた論文を網羅的に読破することによって、いわゆる先行研究をチェックすることは、基本中の基本です。現在、その専門分野の世界で、何がどこまで明らかになっているのか、逆にいえば、何がどこから明らかになっていないのか、ということを正確に把握しておかないと、新しい知見を生み出すことなど不可能だからです。 また、専門分野や研究目的によっては、過去に書かれた論文そのものが分析対象の資料となる場合もあるでしょう。 では、そうした過去の論文を網羅的に集めるためにはどうしたらよいでしょうか? まずは、すでに知っている論文の脚注や参考文献リストに書かれている書誌情報をチェックすることです。論文にはほとんど必ずその冒頭で、先行研究への言及がありますから、その部分を重点的にチェックすればよいでしょう。そうして集めた論文について、また同じことを行えば、芋づる式に先行研究や資料となる論文を集めることができます。 しかし、それでも重要な論文を見つけ損なう可能性はあります。その可能性を少しでも減らすためにおすすめしたいのが、検索エンジンの活用です。 検索エンジン最大手のGoogleは誰でもご存知かと思いますが、Googleには「Google Scholar」といって、学術論文の検索に特化したサービスがあります。教授クラスの研究者でさえこのサービスを知らず、活用したことがない人もいるようですが、せっかく無料で使えるものなのですから、使わない理由はないでしょう。 通常のGoogleの検索窓(またはブラウザのツールバー)に、学術っぽい言葉を複数入れて検索すると、いちばん上に「◯◯◯の学術記事」という表示結果が出ます。これをクリックすると、簡単にGoogle Scholarにアクセスすることができます。 最初からGoogle Scholarを使いたい場合には、通常のGoogleの画面から、「もっと見る」→「さらにもっと」→「Google Scholar  学術論文を検索」という順番でクリックしていけば、「Google Scholar」のトップ画面にアクセスすることができます。 たとえば、いま話題の「幹細胞」について、その「倫理」的な問題を論じた論文を探したいのであれば、「stem cell」「ethics」と入力すれば、無数の関連文献が見つかります。…

お高い掲載却下率に打ち勝つためには?(2)

お高い却下(リジェクト)率に打ち勝つための裏技の第2回です。前回は、投稿数を増やすことを目標に話をしましたが、今回は査読者の心を揺さぶる心理攻撃のお話です。「科学の世界にあるまじき……」などと固いことはいわずに、この意外に効果的な方法を有効活用してください。 1. 知り合いの輪を広げる やはり知っている人の論文を査読するときには、通常より真剣になるものです。学会に足しげく通って、いろいろな人に自分の研究について知ってもらいましょう。 「ああ、これは去年の学会で隣に座った人がやっているといっていた研究だ」。そう思ってもらうだけで、「適当に読んで適当に掲載が却下される」といったことはなくなるでしょうし、仮に却下されても、より意義のある批評をもらえるでしょう。 2. 感謝の気持ちを忘れずに 知り合いの輪を広げるといっても、悪い印象を与えては意味がありません。ちょっとした食事の席の話でも、あなたの研究に対してよいアドバイスをしてくれた人の名前はきちんと控えておき、論文を書くときには“acknowledgements”として感謝の意を表しましょう。このさい、ジャーナルの編集者や査読者、助成金を出してくれた団体への感謝も忘れないように気をつけてください。 また、“acknowledgements”には、あなたの研究結果や主張に賛同してくれた人だけでなく、有意義な批判をしてくれた人の名前も忘れないようにしてください。どちらの場合も、名前を出されたくないという人もいるかもしれませんので、論文を投稿する前に、メールなどで了解を得ることをお勧めします。 3. 偏見は現実にあるもの 日本の場合、日本人だということに対する偏見はあまりないかと思いますが、学位を取得した大学院の名前や師事した教授の評判などにもとづく多種多様な偏見は、査読ジャーナルという世界でも現実の問題としてあります。もし自分が偏見の対象となっていると感じたら、偏見を持っていないジャーナルを探すことをお勧めします。 また、偏見の対象となっていない人との共同研究を経て、自分の研究者としての評価を確立するのも効果的でしょう。同じような偏見に耐えながらも多くの論文を出版している研究者がいたら、その人に相談するのもよい方法です。「偏見など絶対にない」などと理想に捕われることなく、現実にありえる問題として、果敢に(そして器用に)立ち向かうことが大切です。

研究室を選ぶ際の5大基準 (2)

研究室を選ぶ際の5大基準(1)に続き、どのようにして研究室を選べばいいのか考えてみたいと思います。 3. 教授に指導力があるか? 有名な教授だからといって人に教えることが上手だとは限りません。あなたが一人前に研究者として成長するために何よりも大切なのは、教授の知名度ではなく指導力です。もちろん自分の研究もできて、学生を育てるのも大好きだという教授であることに越したことはありませんが、そのような教授はとても稀な存在です。教授の知名度に惑わされず、数年という短い期間で、あなたを一人前の研究者にするだけの現場の知識や知恵や裏技を伝授し、同時に研究過程で一緒に悩んでくれる人を探しましょう。 この点に関しては、研究室の他の学生に会って、いつも教授への質問はどのようにしているのか(たとえば「週に1回のオフィス・アワーを待ってする」か、それとも「いつもメールでしている」かなど)、その返事は迅速に返ってくるのかを聞けば、案外と簡単に察することができます。 また、研究室を訪れたとき、写真があればよく観察してください。学生と一緒に写っている写真があれば、その教授が学生との時間を楽しんでいる可能性が高いといえるでしょう。また、生まれたばかりの三つ子の写真があれば、これからは子育てが忙しくて、なかなか学生の指導に時間を避けない可能性も考えられます。学生指導の上手な教授でも、教授の人生のタイミングと自分の研究室に所属するタイミングが最悪(?)となる可能性もあるのです。これは人間として避けられない事実です。教授の最終的なよし悪しを決定することではありません。ただ、自分がそのために悲哀を感じることがないよう、自己防衛は必要です。 4. 人間関係が円滑かどうか? 新しいことをいろいろと学んでくると研究がどんどん面白くなってきて、自分のアパートへ帰るのがうっとうしくなっていくものです。そのため、「研究室で過ごす時間が、ほかのどの場所で過ごしている時間の総合計より長い」という状況にもなりかねません。そうなると、研究室の教授や助教授や他の研究員は、同居人同然の存在となっていきます。そこで大切なのが、「同居人」との相性です。 「邪魔をされなければいい」と思われるかもしれませんが、毎日一緒に長時間過ごす人たちが、競争心丸出しで口も聞かないようでは息も詰まります。また、一緒に協力し合えるグループ意識があれば、「3人集まれば文殊の知恵」ともいうように、お互いの向上にも繋がります。同じ分野の人たちと交流することによって、自分の考えに挑戦されることにも慣れ、学会などへ出たときの質疑応答にもその体験を活かせるでしょう。 そのため研究室を選ぶときには、教授のオフィスへ行くだけでなく、他の学生にも紹介してもらって、自分との相性を確かめましょう。また、研究室を訪ねたときには、掲示板などを見て、何かイベントが企画されているか、一緒にお昼を食べている形跡があるかなどに注意してください。なかには「一緒に昼を食べたり、忘年会へ行ったりするのはちょっと苦手……」と思う人もいるかもしれません。しかしこれも一人前の研究者として他の研究者と上手に意見交換をし、ネットワークをつくる練習です。学生生活の課題の1つとして考え、自分の好みにかかわらず、できるだけコミュニケーションが盛んに行われている研究室を選ぶことをお勧めします。 5. 研究室の特徴は? まったく研究に関係がないと思われるかもしれませんが、案外と研究の効率度に影響があるのが、研究室の特徴です。定期的な勉強会が行われているか、他の学部や研究室との交流が盛んかどうか、など研究室の活気は重要です。と同時に、図書館や食堂への距離、公共の交通機関の充実度なども重要なポイントとなります。研究室を訪れたときには、少し時間をつくって、研究室のまわりを散策してみるのもいいでしょう。 また、学生に対する教授陣の人数の多さを調べ、できるだけ教授陣の比率の大きい研究室を選ぶのも重要です。どんなに面倒見のいい教授でも、学生の数が多ければ1人ひとりに対しては十分な時間が取れませんから。…

他人の論文を修正して自分の論文に引用するときには?

先行研究が多い分野では、すでに発表された論文の図やグラフを使えば、自分の主張をよりわかりやすく説明できる場合が多々あります。たとえば、論文Aに掲載された図を、自分の研究に関係ある部分だけ抜粋して見せたくなることがあります。また、自分の論点をはっきりさせるために元の論文のグラフのX軸とY軸を入れ替えるなど、その表示方法に手を加えたくなることもあります。 ここで大切なのは、元の図やグラフと、自分の論文で“引用”した部分との違いをはっきり説明することです。表などを元のまま引用する場合や、必要な部分だけを抜粋する場合には、表の最下部や脚注に「adapted from Jones 2009」などと書けばいいでしょう。また、原書の表をもとに、ほかの研究の結果を書き加えたり、自分の解釈を添え書きしたりする場合には、「based on Jones 2009 and Smith 2010」などと書けばいいでしょう。元の論文の記述をまとめて要点をリストアップするような場合には、「summarized from Jones 2009」といった表現がよく使われます。 このように表やリストの最下部や脚注に引用元と引用方法を明記するだけではなく、本文で簡単な説明をすることも忘れないようにしましょう。原書の表をどのように変えたのか、また変更した理由を数センテンスでまとめて書きましょう。…

英語で論文執筆すべきか、翻訳を依頼すべきか?

日本語で書くか、英語で書くか? 日本語で書いてから英語に翻訳するか、それとも最初から英語で書くか? 論文の質と所要時間を考えると、どちらが得策でしょうか? 論文を書くうえで最も大切なのは、その分野の論文の書き方をよく理解し、投稿するジャーナルの読者に適した情報をより簡潔に提示することです。もしこれらのことを理解したうえで翻訳してくれる人が身近にいるのであれば、日本語で書くのもいいでしょう。しかし、自立した研究者を目指すためには、少しずつでも英語で論文を書く方法を身につけていくことをお勧めします。 「英語を身につける」というと、単語を覚えたり難しい構文を修得したりすることと思われがちです。もちろんそれらも大切なことですが、論文の読みやすさは、実は論文全体の構成で決まる、ということも覚えておいてください。そうした論文構成能力を高めるために、今後、英語の論文を読むときには次の点に注意しましょう。 まずは基本的なことが重要です。各専門分野にはそれぞれ「典型的な論文の構成」というものがあります。英語の論文を読むときは、その流れを把握し、内容を書き出してみてください。たとえば、典型的な論文構成が「1. イントロ(はじめに)→2. 研究のデザインの説明→3. 分析→4. 解説→5. まとめ」という流れを取っているとします。では、イントロにはいつも何が書かれているでしょうか? 分野によっては、アブストラクト(要約)とほぼ同様の内容が書かれているかもしれません。別の分野では、研究対象となった事項に関する研究の流れを大まかに紹介しているかもしれません。そのように読み続けているうちに、ほとんどの論文が従う典型的な論文構成というものが見えてくるはずです。 論文の構成は、ジャーナルによっても大幅に変わることがあります。ある編集者は不採用の理由として「この論文の“まとめ”には、今後どんな研究が必要かという将来の展望が欠けている」といいます。反対に「これからどんな研究が必要かなんて、そんなことを書いたら、自分の研究が未完成だといっているようなものだ。私のジャーナルには、そんな論文は絶対に載せない」という編集者もいます。そのため、とりわけ学際的な研究をしている場合には、それぞれのジャーナルでの論文構成を比較しながら論文を読んでみてください。 その相違がわかるようになってくれば、自分が実際に論文を書くときにはおおいに役立つでしょう。ただし、投稿先のジャーナルの専門分野に合わせて、論文構成を大幅に書き変えるには勇気と時間が必要となりますが…。

研究室を選ぶ際の5つの基準 (1)

研究に熱意を持つ将来有望な若者にとって、「大学の研究室選び」はその人の今後の研究者生活を左右するといっても過言ではありません。研究室選びにおいては、自分のやりたい・興味のある研究ができるというだけではなく、教授の人となりや研究室の環境、就職に有利か……などさまざまな判断基準が存在します。自身の希望をすべてカバーする研究室を選ぶのは難しいと思われるかもしれませんが、今回は研究室選びにおいて「これだけはおさえておきたい」5つの基準をご紹介します。 ここで取り上げる5つの基準は基本中の基本ですが、これだけおさえておけばご自身の希望から大きく外れることはないでしょう。これから研究室を選ぶという方だけでなく、研究室選びについて後輩からアドバイスを求められている先輩研究者・教授の方もぜひご参考ください。 1. 何を研究したいのか? 何よりも大切なのは、自分が興味を持つ研究課題をその研究室で研究できるか、ということでしょう。「この研究が面白くて面白くてしかたがない!」と思える課題に没頭することができれば、他の条件がかなり悪くても頑張ることができるというものです。 自分が研究したいことがはっきりしている場合は、各研究室のウェブサイトを見たり、その研究室に所属している人たちが出版した論文をウェブ検索したりすれば、その研究室で自分の望む研究ができるかどうか、ある程度わかるはずです。しかしここで気をつけておきたいのは、指導教授の興味の移行がウェブサイトや出版物に反映されるまでには、多少の時間がかかるということです。そこで、できるだけ多くの指導教授に会うことをお勧めします。自分のしたい研究に対する感想を聞くのはもちろんのこと、教授が今興味を持っているトピックや将来してみたい研究などを聞けば、長期的な観点での相性がわかるでしょう。 それとは反対に、まだまだ興味を絞ることができていないのに研究室を選ばなくてはいけないという方も多いのではないでしょうか? そのような場合、広範囲の研究を援助する柔軟さを持っている研究室を選ぶことをお勧めします。このような場合も、臆することなく、多くの指導教授と面談し、教授の研究に興味はあるのだが自分の目指す方向がまだ絞り込めていないと相談してみてください。そのときの反応で、教授の指導力、研究への熱意、違った研究への柔軟性がわかるはずです。 2. 自分の将来性に見合うか? 将来希望する就職先の規定に「臨床現場の経験」などの必要条件があれば、その条件をその研究室が満たしてくれそうかどうかということも大切な選択要素となります。教授に面談をお願いする前に、自分が将来希望する進路に関してできるだけ多くの情報を集め、それに対して具体的な質問ができるよう、箇条書きにまとめておくとよいでしょう。 また、教授に会ったとき、自分がどんな仕事につきたいかを話し、それについてどう思うか意見を聞けば、教授のその職種に関する理解度や好感度もわかります。 また、就職活動そのものがたいへんな作業ですから、研究生の就職活動に多少の理解や協力を提供してくれる教授は、将来心強い味方となります。そこで気になるのが、研究室の教授や助教授のそれまでの経歴です。教授陣の多くが同じ大学や同じ大学院の卒業生である場合には、集まる情報も限られてきます。もし、同じような研究室が2つあって選択に悩むようなことになったら、教授陣の略歴を調べて、複数の大学に所属したことがあったり、企業での経験があったりする人など、バラエティのある研究室を選ぶのも1つの手かと思います。

ブログなどで研究成果を事前に発表するのはアリ?ナシ?

ジャーナル(学術雑誌)の投稿規程には、必ずといっていいほど「投稿は、ほかの媒体で発表されたことのないオリジナルの論文に限る」という文面が見られます。そのため雑誌に掲載される前に、自分のウェブサイトやブログ、Twitter、SNS(Facebookなどのソーシャル・ネットワーキング・システム)などで研究内容を明かすことは控えめになってしまいがちです。しかしこれはよくある勘違いで、あの名門学術雑誌『ネイチャー(Nature)』でさえ、雑誌掲載前に研究内容についてブログに書くことを、研究者に推奨しているほどです。 より水準の高い研究は、研究者間の意見の交換なしにはありえません。そのためブログやSNSなどは、一般の学会と同様、自分のアイデアや研究の成果を他の研究者と共有し、意見を交換する場と考えることができます。つまり、意見を交換する場が、どこかのホテルや大学の会議室から、バーチャルに変わっただけだということです。そのため自分の研究の進捗状況をよく理解し、必要に応じてブログなどに投稿し、より多くの意見を得ることは大事なステップといえるでしょう。そのタイミングは、仮に学術雑誌への掲載が内定し、出版されるのを待っている段階でも問題ありません。 研究者のためのSNSとしては、「ResearchGate」や「Academia.edu」などが有名ですが、FacebookやLinkedinなどの通常のSNSにも多くの研究者が登録しており、きわめて専門的で高度な議論が交わされています。 ただ、ここで気をつけなければならないのは、ブログやSNSは何でもありの無法地帯というわけではないということです。 ジャーナルが、ほかで発表していない論文にこだわる理由の1つは、いうまでもなく二番煎じ的な重複出版を避けることにあります。それはブログでも同様のことですので、コピー&ペーストして自分の論文を発表するようなことは、仮に部分的なことでも厳禁です。 また、もう1つの理由として、誰がどんな研究をしているかが事前に詳しく知れ渡ってしまっては、公正な目で論文を読んでくれる査読者を見つけられなくなるということが挙げられます。一般的に、出版前の論文についてテレビ番組や雑誌などのマスメディアを通じて広報活動をすることは禁じられていますが、ブログ上でも自分の論文について発表前にプロモーションすることは御法度です。ブログやSNSは、あくまでもバーチャル学会だという認識のもとで、研究に役立ててください。

お高い掲載却下率に打ち勝つためには? (1)

「論文をジャーナルに掲載してもらうには、どうしたらよいですか?」と聞かれれば、その答えはおおむね、以下の3つとなるでしょう。 ①よい研究をする ②英作文が上達するように努力する ③論文の書き方をマスターする しかし、これらは誰もがしていること。ほかの人より抜き出るためには何をしたらよいのでしょうか? 高い却下(リジェクト)率に打ち勝つために、これから2回に分けて裏技をご紹介します。 1. 上等な鉄砲でも打たなければ当たらない とりあえず、「いつも査読中の論文がある」状態を保ちましょう。 現職を維持するために特定数以上の論文を出版する必要がある方は、とくに気をつけてください。無我夢中で頑張るのではなく、数字を出してジックリと計画を立てるべきでしょう。まず自分の論文の却下率を計算してください。投稿数が少ない場合は、学会内の平均却下率をインターネットで調べるか、各ジャーナルの掲載率から割り出せばよいでしょう。あとは年間何本の論文を出版しなくてはいけないかを考え、投稿数を逆算します。たとえば、年間2つ以上の出版が求められる職に就いていて、自分の却下率が50パーセントの場合、毎年、4つ以上の論文を投稿しなければいけないということになります。このように、論文の却下を「運が悪かった」と考えず、現実問題として対応しようとすると、いかに投稿数が重要かがわかると思います。 2. 共同研究をする 投稿数を増やすために欠かせないのが共同研究です。とくに、自分より出版経験の長い研究者との共同研究は、ジャーナルに掲載される可能性が高くなるだけでなく、今後のためにもよい勉強になるはずです。 また、論文を書く段階になって、誰の名前を最初にするかという問題が持ち上がると思いますが、共同研究者とは今後も長いお付き合いになることを念頭において、相手の気持ちを考えた大人の対応を心がけてください。 ただし研究を始める前に、仕事の分担を明確にすることをお忘れなく。それを怠ると、問題が生じたとき、トラブルのもとになることがあります。2014年の「STAP細胞事件」では、問題発覚後、共著者たちが互いに責任を押し付け合う姿が見られましたが、そういう事態は避けたいものです。 3.…

日本人がよくする英語の間違いトップ20 (3)

日本人独特の英語の間違いを考えるシリーズの第3回は、動詞を中心に見ていきたいと思います。動詞は、論文の語調を決めるといわれ、アメリカ人でも論文の書き方を習うときに苦労するものです。ここでは日本人がよくする動詞の間違いについて、その対応策を考えていきます。 1. 時制の不正確さ 論文を書いている「今」という視点からみた過去と未来。そして、説明している「実験」から見た過去と未来。日本人が書く論文の時制には、これらの視点がフラフラと変わってしまうために起こる間違いがよく見られます。たとえば、Introduction(はじめに)で、すでに知られていることを書くときには現在形を、その問題に対して行われてきた研究について書くときには現在完了形を、自分がこの論文で行うことについて書くときには現在形を使うのが普通です。こうしたことは、英語を母国語とする人に英文校正してもらえばすぐに直ることですので、時間を惜しまず、必ず見てもらいましょう。 2. be動詞の誤用 「AはBである」の直訳なのでしょうか、下のようなbe動詞の誤用が多く見られます。日本語からの直訳にならないように気をつけ、最後に、be動詞を使っている文が、それを使わなくても文として成り立つかどうかを確認してください。 誤: Oxidation is rapid to occur. 正: Oxidation…

文献解題 (annotated bibliographies) という名の家宝

「文献解題」とは、基本的には、通常の参考文献一覧に、その文献のまとめと自分の評価を加えたもののことを意味します。とくに決まった書式があるというわけではありません。効果的に数々の研究を出版し続けていくためには、使い回しができる文献解題の作成が必須になってきます。 アメリカの大学院では、「文献解題」の作成方法を教えられます。そのためアメリカで勉強したことがある人のなかには、その後も、ほかの研究者の論文を読みながら文献解題をつくる習慣がある人もいます。こうしてどんどん増えていく文献解題は、新しい研究をするときの足がかりになったり、いろいろな論文で再利用されたりしながらその熟成度を高めてきました。研究者にとって、このような文献解題は「家宝」です。 出版年や出版元の書き方は、一般的に「APA」や「MLA」、「Chicago」、「Turabian」などのスタイルがよく使われますが、書き方は一貫性さえあれば、どのようなスタイルを使ってもあまり問題はありません。 ただしAPA式で書くと、著者のファーストネームをイニシャルだけ書くことになり(たとえば、「Jones, A」と)、投稿するジャーナルが参照文献の著者名をフルネームで書くように要求した場合、著者名を調べ直さなくてはいけなくなりますのでご注意ください。このような場合を考慮して、念のためにISBNなどの書籍番号を控えておくと、あとで確認したいことが出てきた場合、即座に対応できます。 文献の要約としては、論文の研究領域、論旨、研究方法、結果とまんべんなくカバーすると、将来ほかの論文を書くときにも役に立ちます。また、新しい専門用語が定義されていたら、そのページ番号と行番号を書き留めておくか、定義を書き写しておくとよいでしょう。引用したくなるような文がどこにあるかを書いておくのも便利です。 最後に、論文の見解に何か偏りがないか、どのような点が興味深いと思ったかなど、自分の意見を書き加えていきます。このさい、自分がどこを読んでいてそう思ったのかがわかるようにしておけば、将来、新しい研究をする際にも参照しやすいでしょう。

研究者の結婚、育児

女性研究者仲間が集まるとよく話題になるのが、「いま結婚するのは得策か?」「妊娠するのは少し待ったほうがいいか?」などという、研究者としての自分と女性としての自分の人生とを、どうやってバランスよく保つかという問題です。教授職を獲得するまで待って高齢のため妊娠に苦労している人。博士論文を書いている途中で妊娠し、その後出産と育児に追われ卒業できずにいる人。いま付き合っている男性が転勤の多い職業であるため、結婚したらどちらのキャリアが犠牲になるのか悩んでいる人。それぞれ立場や問題は違いますし、「正しい選択」もまちまちです。 女性研究者が上記のような問題に直面したときに、どのような対策を取るべきか? まずいえることは、いろいろな人と話をすることの大切さです。とくに、しかるべき人に相談することです。 研究者どうしで経験を分かち合うのはもちろんですが、大学や企業の同僚とばかり話をしていると、お互いに慰めあうことばかりになりがちです。もっと現実的な情報を集めるた めには、福利厚生を担当している部署の人に相談するのがよいでしょう。私生活に口出しされるのが嫌であれば、「別に今すぐ結婚を考えているわけではないけれど、他の人の話を聞いていて不安になったので、この会社(大学、研究所etc.)の結婚・妊娠・出産などに関する支援制度がどうなっているか聞いておきたい」といえば、福利厚生担当者もあれこれ質問しないのではないでしょうか? 話を聞くさいには、育児休暇や育児のための部分休業、育児休業代替者制度など、どのような支援制度が確立されているかということとともに、そのような制度をどのようなタイミングで利用できるのか、また今まで利用した人が何人ぐらいいるのかを確認しましょう。育児休暇があっても、決まった期間内で取得しなければならないため、出産前に体調を崩して緊急入院することになっても、休暇を利用できない場合があります。また、条件がどんなによくても、今まで誰も利用したことがなければ、実際に支援制度を利用しようとする段になって、周りからのプレッシャーで退職を余儀なくされることもありえます。 また情報収集は、できるだけ広い範囲で行うのが得策です。企業や政府、大学が設けている助成制度やプロジェクトは日頃からチェックしておくとよいでしょう。また、厚生労働省の「特別保育事業の実施について」という通達にもとづいてつくられている「子育て支援センター」の位置や利用条件など、地域の支援体制や育児支援制度もおさえておきましょう。託児所や緊急病院など、いざというときのために必要な施設のリストを作っておくこともおすすめします。 次に大切なことは、得られる援助はありがたく最大限に利用するということです。 自分1人で悩んだり解決しようとしたりする必要はありません。最終的に感謝の気持ちさえ忘れず、自分のできる範囲で他の人への手助けを惜しみさえしなければ、「あの人は、いつも……」と陰口を叩かれることもないはずです。 もしあなたにすでにパートナーがいるのであれば、同様のことがカップル内でもいえます。「女だから」、「男だから」、「お給料のいいのは私だから」、「規律の厳しい職場に勤めているのは私だから」など、さまざまなプレッシャーがあるかと思いますが、社会のステレオタイプに押しつぶされることなく、人生のパートナーとして、ともにがんばることのできるゴールを定め、そこへたどり着くための情報収集を一緒にしてこそ、後悔しない人生の選択ができるのではないでしょうか?

研究ノートについて(1):重要性

2014年に大問題になった「STAP細胞」の研究不正においては、当の研究者がきちんとした「研究ノート」をつけていなかったこと、共同研究者たちが実験結果だけを見て「研究ノート」に書かれているはずのデータを確認しなかったことなども問題になりました。本ブログでは、今回と次回、「研究ノート」のあり方について考えてみたいと思います。 研究を始めて間もない人たちのなかには、研究ノートのことを、論文や報告書を書くときに使うメモ帳だと勘違いしている人がいるのではないでしょうか? それは大きな勘違いであると同時に、研究の円滑な進行の妨げるミスの元にもなりかねます。研究ノートは、ある意味では論文より大切なものです。その用途と価値を正しく理解し、永久に保存する心積もりで作成しましょう。 実験結果を書きとめていく研究ノートが、論文や報告書を書く上でなくてはならない資料だということは周知の事実です。しかしノートを取るときは、次回詳しく書くように、その時点で計画されている研究事項やテーマに固執することなく、一見関連がなさそうに思える細かなこともくまなく記録するよう注意してください。そうしておけば、仮にまったく予期していなかった結果が出て、研究対象ではなかった要素を比較しなくてはいけなくなっても、無駄な時間と費用を費やして同じ実験をやり直すようなことを避けられるかもしれません。また、実験の成果が認められ、その後何年にも渡って関連する実験が行われるようになった場合、2年後、3年後に、それまでは考えてもいなかった要素に注目が集まるかもしれません。そのような場合でも、あらゆる詳細な情報が記録されていれば、過去のデータをもとに予測を立てたり比較をしたりするなど、さまざまな使い方ができるというものです。 また、どんなに当たりと思われる手順や手続きも、研究ノートにはきちんと明記しておきましょう。実際に実験が行われてから研究論文を執筆するまで、 どんなに急いでも時間がかかります。その間に、ラボの基本的なプロトコルが変わる可能性もあります。「毎日することだから」とか「全部のサンプルに共通して行われることだから」などと思って軽視しないよう気をつけてください。 当たり前と思われる点までも研究ノートに書く理由は、将来自分が忘れないようにするためだけではありません。とくに大きな共同研究プロジェクトに参加している場合には、実験の途中でその作業を他の人に引継がなければならない場合が多々あります。そのようなとき、どんなに気をつけても、短時間で作業の詳細をすべて引き継ぐのは不可能です。明解で詳細に書かれた研究ノートがあれば、あなたの仕事を引き継いだ人も、そのノートを辿ることで、今までどのような研究がいつ、どのように行われてきたのかをはっきり把握することができるでしょう。また、移転の可能性のない人でも、家族の都合で急に数日休みを取らなくてはいけなくなることなどは誰にでも起こりうることです。そのような場合でも、当たり前のことがきちんと書かれたノートさえあればこそ、誰かにサポートを依頼することも可能になるのです。 最後になりましたが、研究ノートは、自分がどのような作業をし、そのプロジェクトにどのようにかかわったかを証明する資料ともなりえます。とくに共同研究の場合は、論文を出版する時点になって、誰の名前を先に記載するかでもめるケースが少なくありません。そのようなとき、あわてて自分が何をしたのか書き出そうとしても、案外と思いつかないものです。しかし、より詳細に書き取られた研究ノートがあれば、自分の貢献度を明確かつ客観的に訴える証拠として提出することができるでしょう。 つまり、しっかりとつくられた研究ノートは、現時点で行われている実験に必要なだけでなく、将来の研究や人間関係にも欠かせない道具なのです。“研究のためのメモ帳”といった間違った概念を捨てて、よりよい研究ノートを取るよう日ごろから心がけてください。また英語論文を書くつもりであれば、初めから英語で研究ノートをとってみてもいいかもしれません。英語圏の共同研究者とのコラボレーションで役に立つ可能性などもあります。

その研究、私がやろうと思っていたのに!!

研究の主題が決まり、参考文献もそろえ、実験方法も考えがまとまり始め、いよいよ…と思っていたところ、自分がやろうと思っていた研究を芸術的ともいえる実験方法で行い、目を見張るような綺麗な結果を出したことをまとめた論文が、有名な雑誌の最新号に掲載されている! そう、一足遅かったのです。 もうすでに研究を始めていたり、最悪の場合、論文を書き始めていたりする場合もあるでしょう。いままで費やした時間がまったく無駄になると思うと、心臓も止まる思いです。しかし焦りは禁物です。ここは大きく深呼吸して、次の行動をとりましょう。 まず、出版されたその論文で行われた研究を詳細に分析します。被験者の人数や実験方法、分析のさいに使った学説など、まるで自分が行った研究かのように理解できるまで隅から隅まで精読します。 次に、査読者になったつもりで、出版された研究に欠けていることや改善できる要素を考えます。研究者自身が論文内で認めていることも、鵜呑みにすることなく客観的に考えてください。 そして、出版された研究をここまで理解し尽くしたところで、自分の研究と比較してください。研究がまだ計画段階の場合は、査読者として客観的に批評したことを重点的に考え、既存の論文を土台に、次の水準に達する研究を計画することを心がけてください。ここで注意したいことは、研究を発表した研究者が、同じ主題で研究を続けている可能性があることです。つまり、すでにあるデータの見方を変えるとか、小さな追加研究で論じられることなどでは不十分なのです。 自分の研究がすでに進行中だったり、すでに終わったりしている場合には、既存の研究を詳細に分析したように、自分の研究も分析し、そのうえで比較します。相違点が見つかったら、とくに違う点に注目し、その違いが何を意味するかを考えましょう。結果がほぼ同じ場合、その違いを誇張し、研究の違いにかかわらず同じ結果が出た意義を論じればよいでしょう。結果が既存の研究と違う場合は、どうして違う結果となったかを論じればよいのです。 最もしてはならないことは、既存の研究を無視してほかのジャーナルに投稿することです。自分の論文を全面的に書き直すことになっても、既存の研究を参照して議論を進めるように細心の注意を払ってください。既存の研究を無視するようなことは、その分野の最新の見識がないと思われ、研究者としての信頼性を傷つけるだけではなく、最悪の場合は盗作者とみなされて学術界から追放されることとなります。 事態がそこまで大きくならないまでも、査読者が「似た論文が出ていた」という理由で、その違いを深く理解する前に投稿却下と判断する可能性は高いでしょう。仮に掲載されても、後になってから、編集者に「騙されてほかのジャーナルに掲載された論文とそっくりの研究を掲載してしまった」と誤解されかねません。 …以上は一般論ですが学術界の歴史ではほぼ同じ内容の研究結果が同時期に発表されたことがあります。2007年11月20日(アメリカ東部時間。日本では21日)に、専門誌『セル』のオンライン版が京都大学の山中伸弥教授が、ヒトの体細胞からiPS細胞(人工多能性幹細胞)を作成することに成功したことを報告したとき、『サイエンス』もウィスコンシン大学の幹細胞研究者ジェームズ・トムソン教授によるiPS細胞の生成に関する研究結果をオンライン版で発表しました。 報道機関によると、本来は23日に発行予定だった『サイエンス』が発表日を3日繰り上げたといわれています。両者の論文投稿から掲載までの舞台裏ではさまざまなドラマがおきたことが予想されますが、オンライン版が普及した現代ならではの例と言えるでしょう。 上記の例はさておき、もし学術雑誌で自身の研究に近い論文を見かけたら慌てず冷静に対応策を考えることからはじめましょう。

研究論文が却下される10の理由(3)

本ブログでは、論文が却下される10の理由を考えていますが、本日はその第3回です。今回はよく見落としがちな点を2つあげてみました。 7. 研究結果と研究者の利害関係は? 研究の規模や影響力が大きくなればなるほど、いろいろな所から助成金が集まってきます。研究者として、主観や私的利益を廃し、限りなく論理的に研究をデザインし、結果を分析するのは当たり前のことです。しかし、たまたまその結果が、助成金を出してくれた会社に好意的な結果となった場合、ジャーナルの編集者や査読者の猜疑心をあおることになります。こうした問題は「助成金を出してくれた団体の会長が、 ある製薬会社の重役も兼任していた」など、助成金にはあまり関係のないところで人脈がつながっている場合でも同じです。 このような場合、論文内で「研究内容とその結果の分析を明確な説明・発表する」こと以外に、「研究の公平性を訴える」ことも重要なポイントとなります。その点を踏まえて、もう一度自分の論文を読み直してみてください。また、第三者に論文を校正してもらう機会がある場合は、事情を説明してから読んでもらうことをおすすめします。 研究者として、自負を持って論理的な研究を心がけている人ほど、このようなことをバカバカしいと思いがちです。しかし、不必要な疑いを回避するために利害関係を明示しないことは、逆に研究者として自殺行為となりかねます。利害関係はつねに明確に記しておく必要があります。 8. 投稿先のジャーナルの指針と編集委員の趣向 研究者は、最新の論文はいつも敏感にチェックしますが、それを掲載しているジャーナルそのものの目的や経営方針には無頓着になりがちです。しかし、いざ自分の論文を投稿するさいには、このことが重要になってきます。 論文を投稿するさいに「ジャーナルの指針を確認し、それが自分の論文に沿ったものかどうかを確認すること」というのは、よくあるアドバイスの1つです。それでも論文が却下された場合は? 実は、忘れられがちなことの1つに、編集委員たちの存在があります。つまり編集委員が代われば、その編集委員の好みが多少は投稿論文の選択に影響することも否めない、ということです。 査読者からのコメントが届いたら、まずジャーナルの指針とともに編集委員たちの略歴にも目を通しましょう。そうしてからコメントを読むと、査読者の指摘がより明確に理解できるかもしれません。

世界的に有名なジャーナルへの投稿には、何時間の訓練が必要?

「世界的に有名なジャーナルへの投稿には、何時間の訓練が必要?」カナダのジャーナリスト、マルコム・グラッドウェル氏によれば、その答えは「1万時間」ということになります。 一般論的にいえば、優れた論文を書くことができたら、たとえ大学院生でも有名なジャーナルへの投稿を目指すべきです。これはエゴやプライドの問題ではありません(とはいっても、もちろんプライドがくすぐられるのは否めませんが)。新しい真実を発見したら、より多くの人に理解し、それを応用してもらうことで、自分を育ててくれている学術界に貢献するのが研究者の義務だからです。 しかし、学期末に提出するレポートや学内の雑誌(紀要)に掲載される論文と、有名なジャーナルに掲載される論文との間には、計り知れないレベルの差があります。それではいったいいつ頃から有名なジャーナルへの投稿を考え始めたらよいのでしょうか? その答えには、すばらしい研究をすることという以外に多くの要素が関係します。 まず、その研究が、多くの人々から注目を浴びている人気トピックに関する研究かどうか、ということがあげられます。全世界で50人しか興味を持っていないようなトピックでは、どんなにすばらしい研究でも重要視されにくいことは否めません。 次に、論文の英語が流暢に書かれているか、ということも重要です。単に文法的に正しい英語というだけではなく、思わず引き込まれるような英語でないと、他の研究者に対して、自分の研究の重要性をアピールできません。 さらに、参照文献のリストによって、その専門分野全体のことをしっかり把握していることが示されているかどうか、ということも重要な要素です。基本的に“よそ者”は信用されません。自分がその専門分野全体の流れやトレンドをしっかり把握していること、つまり自分は信用できる研究者だということを読者に訴える必要があるのです。 自分がこれらの素質を身につけているかどうかは、実際に有名なジャーナルに論文を掲載したことがある人たちに聞くのが一番です。それが不可能であれば、査読者としての目を鍛え、自分の論文を客観的に批評する力をつけましょう。 そして最後にもう1つ、統計学上の目安をご紹介します。前述のマルコム・グラッドウェル著のベストセラー『天才! 成功する人々の法則』(勝間和代訳、2009年、講談社、原題『Outliers』)によると、頭のよさに関係なく、それぞれの分野でプロになるには、1万時間の訓練が必要になるといいます。学生として論文を書き始めたころから考え、いま取り組んでいる分野で自分が今まで何時間を論文執筆やそのための研究に費やしてきたかを計算し、1万時間を超えていたら有名ジャーナルでの掲載も夢ではありません。 その目安を超えていると判断したら、ぜひ、辛口の批評で有名な身近な人たちに論文の草稿を読んでもらいましょう。「プレ査読」のような投稿支援サービスを使うことも1つの手段です。

日本人がよくする英語の間違いトップ20 (2)

日本人独特の英語の間違いを考えるシリーズの第2回は「些細なことなのにインパクトは最大」、そんな英語の間違いに注目したいと思います。論文を書き終わったあと、このリストを見ながらチェックしてみてください。 1. 冠詞(a, an, the, 無冠詞)の誤用 日本語にはない冠詞の使い方は、英語上級者でもなかなかマスターすることが難しいものの1つです。冠詞を誤用すると、意味がまったく変わってしまうこともあるので、校正を依頼するときには、論文の内容がある程度わかる人にお願いしたいものです。 2. 単数形と複数形の誤用 たとえば日本語の「研究」という言葉を英語にするとき、“research”と単数形にするのか、“researches”と複数形にするのかで、意味が変わります。同様に、「結果」を“results”と書いたにもかかわらず、論文に書かれている「結果」が1つしかなければ、読者が混乱し、論文の評価も下がるでしょう。論文を書き終わったら最後に、それぞれの名詞が適切に単数形または複数形になっているかどうかを、1つずつ確認してください。 3. 前置詞の誤用 前置詞は厄介なものです。前置詞には“in”や“by”など比較的使い分けがしやすいもののほかに、たとえばいずれも「〜の下に」を意味する“below”と“under”、“underneath”など、違いが微妙なものもあります。日本人は、日本語の影響で間違った前置詞を選ぶ癖があり、そのため思わぬ所で読者を混乱させる英文を書いてしまう傾向があります。自信がないときには必ず辞書で確認しましょう。また、辞書に例がなかった場合には、自分で書いた英文の一部を検索エンジンにかけてみるといいでしょう。どのような前置詞がよく使われているか、目安をチェックすることができます。 4. 数量を表す言葉の誤用…

自分が書きたかったことを、他人の論文で見つけました!

他人の論文を読んでいて、まさに自分が書きたかったことが書かれているのを見つけてしまったことはありませんか? とくに美しい英語で書かれている場合、「そうそう、それが言いたかったんだよ! すごいな〜、こういう風に書けばいいんだ」と思わず感動してしまう人もいると思います。そんな“すごい文”を集めたノートをつくって、ときどき開いては深いため息をついている人も……。「いつか私もこんなこと書きたい」と思いながら。 さて現実問題として、自分が言おうとしていたことと一字一句同じことをほかの論文で見つけた場合にはどうしたらよいのでしょうか? それが新しい用語や簡潔に書かれた論旨だった場合は、「直接引用」文という形で自分の論文に取り込むことができます。新しい用語の場合、脚注で、誰がどの論文でどのような意味で使っている言葉なのかを説明すればよいでしょう。一文や一節を引用する場合は、引用文のあとに 「(Jones 2010:335)」というように、引用元の論文のページ番号まで併記するのが一般的です。また、複数の文を引用する場合は、引用元を説明したあと段落を変えて、 引用文だけの段落を構成するのが一般です。どちらの場合も、ジャーナルによって参照文献の書き方が違いますので、“直接引用(direct quotation)”という項目をよく確認してください。 さて、同じ部分が用語や文ではなく、研究命題そのものだった場合には、どうしたらよいのでしょうか? この場合は残念ながら、命題を変えることも考慮しなければなりません。命題を変更する場合は、すでに発表された論文を参照文献として、そのうえで一歩先の命題を考えるべきでしょう。既発表の論文の研究方法が間違っていると思われる場合は、同じ命題を使って、よりよい方法で研究をし直すことも可能ですが、結果がまったく同じ場合には出版が難しくなるという現実を念頭に入れておかなければなりません。 いずれにせよ、先行研究があるかどうかを、ある場合にはその内容をしっかりと調べるためには、Google ScholarやPubMed、ScienceDirectなどの学術論文データベースを駆使する必要があります。 また、研究の途中や論文を書き始めたときにまったく同じ命題の論文を見つけた場合、投稿をあきらめる前に、2つの研究の間に相違点がないかをよく比較してください。たとえ研究結果が同じでも、研究方法や結果の解釈などが異なれば、出版できる可能性があります。しかしそのさいには、必ず既発表の論文を参照文献として取り入れ、自分の論文との比較を簡潔に行うことをお勧めします。

投稿先ジャーナルの決め方

英文で発行されている海外ジャーナルに論文を掲載させるためには、論文の内容そのものの質を高いものとすることに加え、ネイティブチェックを入念に行うことも大切です。そのうえで、どのジャーナルを投稿先に選ぶかなど、論文投稿の方法も同じくらい重要です。 オープン・アクセス雑誌の躍進も含め、学術雑誌は多様化の一途をたどっています。そのため、自分の論文に最適な投稿先を探すことは、年々難しくなってきているといってよいでしょう。 対応策としては、まず日頃からの情報収集が求められます。 どんなジャーナルがどんな論文を掲載しているか、また自分の関心のある分野を視野に入れた新しいジャーナルが創刊されていないか、いつも注意を払うようにしてください。 情報収集のためには、自分の研究分野に関わる人たちが参加しているメーリングリストに登録することも有意義ですが、最近では、FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアでの情報交換のほうが盛んです。 FacebookなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・システム)で、近い分野にかかわる研究者たちと「友達」になり、関心のある「グループ」に参加しておくといいでしょう。日本ではSNSといえばFacebookが一般的ですが、英語圏ではLinkedinなどを利用している研究者も少なくないようです。英文のジャーナルに投稿する気なら、FacebookでもLinkedinでも、日本人研究者だけでなく、積極的に外国人研究者とつながっておくべきでしょう。短文投稿サイトであるTwitterでも同様です。近い分野に関心を持つ人々や組織のアカウントをフォローしておくといいでしょう。 ただし、ソーシャルメディアの変化はすさまじいほど早いので、数年後にはFacebookもTwitterも有効な手段ではなくなる可能性があります。ソーシャルメディアの動向そのものにも目を配っておいてください。 また、もしあなたが大学などの教育機関に所属しているならば、図書館の端末で、「JSTOR」などさまざまな論文データベースを検索してみるのもいいでしょう。使い方はすぐ慣れると思いますが、わからないことがあればたいてい図書館の司書が教えてくれます。講習会などが開かれることもあります。 このようにつねに情報収集をしておくことで、どのようなジャーナルが存在し、どのような論文が出版されているか、大まかな情報を把握していれば、自分の論文を掲載するジャーナルを探すときには、すぐにその論文のテーマや研究方法に沿った「掲載される可能性のある学会誌」のリストをつくれるはずです。 リストができたら、これらのジャーナルの認知度を比較します。これにはImpact FactorやThe SCImago Journal RankやH-Indexなどが役に立つでしょう。これらの指標にはさまざまな批判もあるのですが、それでも一般的にいって、これらの数値がよければよいほど、そのジャーナルは「より信頼性の高いハイ・インパクト・ジャーナル」と考えられています。それに論文が掲載されれば、当然ながら、より多くの読者に読んでもらえる機会が増えるでしょう。 職場によっては、「ハイ・インパクト・ジャーナル」に論文が掲載された場合には、そうではないジャーナルに掲載された場合よりも、採用や昇進の検討のさい、より高い得点として数えられることがあるかもしれません。…

あなたにぴったりな職場は海外にもある!?

英会話の能力さえあれば、就職先の選択肢も世界へと広がっていきます。では、あなたに適した国は、どうやって探したらよいのでしょうか? ここでまず、じっくりとよく考えたいのが、「何が自分を幸せにするか?」ということです。そのなかには、給料のよさ、健康保険の充実度、老後の年金の有無、研究者としての自由度など、いろいろな要素が含まれると思います。 2010年に国際ジャーナル『ネイチャー(Nature)』が行った「給与と職歴に関するアンケート調査(Salary and Career Survey)」によると、多くの人が、研究者としての自分にとって最も大切な要素は「上司や他の研究者から指導や助言がもらえる環境にいるか?」だと回答しています。競争の激しい研究の世界では、やはり腹を割って相談できる同業者が側にいるのは心強いものですし、そのような刺激的なサポートがあればこそ、国際的な競争に打ち勝つことができるというものです。 次に大事な要素として挙げられたのが「給与のよさ」でした。3番目は「研究者としての自由度」でした。 では、あなたにとって大事なことは何ですか? 『ネイチャー』のアンケート調査に参加した16カ国の研究者たちの満足度を国別に比較すると、最下位はなんと日本! 「自分が幸せな人生を送っているなんてことをいうのはなんだか恥ずかしい」という国民性も多少は影響していると思いますが、それにしてもひどい結果です。近年急成長を遂げているインドや中国も、日本に僅差で最下位を“取られた”感がありますが、「昨年よりも満足度が向上していますか?」という問いには「はい」と答えた人が多く、将来性が伺えます。 英語力が完璧でなくてもかまいません。最初から諦めて就職先を日本だけに絞らず、世界中を焦点に入れて頑張ってみませんか? このアンケートで最上位を獲得したのはデンマークですが、これにはデンマークが研究者支援の充実している国であることもさることながら、世界一住みやすい場所としても全世界の一位にランキングされている ことも大きく影響しているかもしれません。ただし、この種のランキング調査で第一位として挙げられている国は、スイスであったりフィンランドであったり、調査によってまちまちです。質問内容などアンケートの方法によって大きく左右されるようなので、あまりあてにしないほうがいいでしょう。 一般的にいえば、就職先を選ぶ場合には研究環境や手当てにのみ注目しがちですが、自分のライフスタイルに合った都市や国を選ぶことも大切だということです。 結婚して病気がちの子どもがいるのなら、国の保険や養育支援が充実している国。女性であれば、性差別の少ない国。一研究者として、そして1人の人間として、あなたの幸せ度を上げる大切な要素とは何かをよく考えれば、後はそれに適合した場所を探すのみ。その答えが日本以外で見つかるのなら、現在の英語力不足など考えずに挑戦することをお勧めします。

研究論文が却下される10の理由(2)

本ブログでは、論文が却下される10の理由を4回に分けて考えています。今回はその第2回。もう少しテクニカルな側面を考えてみたいと思います。 4. 統計があればいいというわけではない 専門分野によって差があるとはいえ、昨今、統計的な調査結果を使わない論文は少なくなってきました。統計的な調査結果がない論文は主観的だと思われる傾向があるからでしょう。しかし、統計的有意差がみられたからといって、論文の信用性が上がるわけではありません。逆に、本当はよい研究でも、不用意な統計の使い方によって信用性を失う場合もあり、それだけの理由で査読者から低い評価を受けることがあります。 統計的な調査結果を使用する場合は、使用の有無だけでなく、たとえば臨床系の研究であれば、被験者数や被験者のグループ分けに適した統計方法などを再検討してみてください。 5. 新しい研究論文が引用されていない 引用されている研究論文がすべて1900年代のものではありませんか? 有名な研究論文は古くなっても引用する価値がありますし、逆に引用しないことで信頼を失う可能性もあります。しかし、引用している研究論文がすべて10年も前のものでは、どんなによい研究でも、「この10年の間に何か重要な発見はなかったのか?」と編集者の不信感を煽ってしまうことになります。 直接関連した内容の論文が出版されていない場合、学会でのパネル発表や博士論文など、出版に至っていない研究でもかまいません。「私はいつもこの研究に関して最先端の情報を集めています」ということをアピールしましょう。 6. 仮説がない 研究者のなかには「仮説を立てること自体が、主観的に研究対象を見ていることになるのでは?」という意見もあります。しかし現実的には、編集者や査読者は数多くの論文を読まなくてはならないので、一目見ただけで「この人はどうしてこの研究を行ったのか?」がわからなければ、「わかりにくい論文」と考えて、後回し(または却下)することになります。 論文が却下される要因の1つとして、「どうしてこの研究を行ったのか?」と「その仮説を検証するために、この研究デザインがどうして最適なアプローチなのか?」が簡潔にまとめられていないことが考えられます。この2点を短い文で表現し直してみてください。それぞれを2〜3行でまとめることが望ましいです。

アブストラクトは語数制限より短かければよい?

論文には語数制限(日本語のジャーナルだったら字数制限)がないジャーナルでも、アブストラクト(要約、抄録)には語数制限があるのが普通です。たとえば、オープンアクセス・ジャーナル大手の「BioMedCentral」では、「350単語」以内で書くことを推奨しています。論文の形式としてしばしば使われる「APA方式」では、150〜250語とされています。日本語のジャーナルでは、300字を目安にしているところが多いようです。英語ジャーナルでも日本語ジャーナルでも、それぞれの投稿規定に書かれていますので、必ず参照してください。 この語数制限を1語でも超えると、その場で却下されますので注意してください。では、アブストラクトの長さは語数制限より短ければよいのでしょうか? あまり筋が通っているとはいえませんが、一般的にアブストラクトが短いと、編集部では「主張する内容が少ない論文」だと判断します。つまり、研究論文のアブストラクトの品質は「制限された語数では書き表すことができないほどのすばらしい研究内容を、語数制限内ぎりぎりでまとめる」ところにあるというわけです。そのため英語ネイティブでさえ、論文の広告塔ともいえるアブストラクトを書くときには、四苦八苦して限りなく語数制限に近い文字数で仕上げようと努力します。 そこで今回は、ひと通り書き上げたアブストラクトの推敲の方法を考えると同時に、語数調整の方法を考えてみたいと思います。 1. まずは略語が含まれていないかを確認する ようやく語数制限内に収まったと思ったら、略語があった……というのは二度手間で時間の無駄です。語数を気にする前に、まず略語が使われていないか確認しましょう。同じ略語を何度も使う場合は、最初に正式名を記載し、以後は略語を使うことを断わりましょう。 2. ほかの文献の紹介になっていないか? どんなに密接な関係があったとしても、アブストラクト内でほかの論文の紹介を延々とするのは御法度です。語数を調整するためとしても、ほかの論文を参照するときには長々と書かずに、1文で要点をまとめるようにしましょう。 3. 研究方法の説明が詳しすぎないか? 次に避けなければならないのは、研究方法を必要以上に詳しく説明することです。論旨の信憑性を高めるために必要最低限な情報のみを書きましょう。どんなに文字数が足りなくても、研究方法の説明は簡潔に終わらせてください。 4. 全体の流れと論理性を確認…

よくある「却下(リジェクト)」のシナリオ

論文がジャーナルに掲載されるまで、通常、平均2回は却下されるといわれます。今回は、ジャーナル編集部でよく聞かれる愚痴をあげ、その対応策を考えてみました。投稿する前の自分の論文を編集者の目で見ることができ、それに応じて原稿を作成することができれば、それだけ掲載のチャンスが高くなるのではないでしょうか? 1. 編集者の怒り 「メールの件名欄に研究者の名前を書く」とか、「1ページ目に研究者の名前と論文のタイトルを書き、論文自体には研究者の名前を書かない」とか、投稿規程はそんなに難しいものじゃないのに……。自分がちょっと楽をしたいからって、簡単な規程にも従わないで論文を送りつけてきて! 毎日何十も投稿論文がある中で、この論文にだけ時間をかけるなんて、ほかの研究者に対しても不公平。編集委員に見てもらう必要もないわ」 【対策】投稿規程上の小さなミスで論文が却下されることはまずありません。しかしあまりのミスの多さに、編集者に「あなたの個人秘書扱いしないで!」と思われたら、その場で却下(リジェクト)されることもあります。投稿規程は最初から最後まで読んで、できる限り従うように努力しましょう。 2. 編集者の困惑 「この論文の論旨は、3年前に頻繁に討論された題材と同じ。使われている略語や専門用語も、ヨーロッパ系のジャーナルで使われているもので、私たちが使っているものとは少し違う。本当にこのジャーナルのことを知っていて掲載してきたのだろうか?」 【対策】論文を読む前から編集者を不安がらせないように、気をつけましょう。以前そのジャーナルで取り上げられた題材と似ている場合は、「この論文と以前の論文の違いは読んでくれればわかる」とは考えず、必ずカバーレターで説明しましょう。また投稿前に、そのジャーナルの過去半年の発行物を読んで、読者がどのような興味を持っているか調べましょう。 3. 編集者の悲鳴 「この論文、いったい誰に査読してもらったらいいんだろう……」 【対策】編集者といっても、その分野のすべての領域に詳しいわけではありません。とても特殊な研究の論文のために、査読者を選ぶのは大変な作業となります。このような場合、査読者は、キーワードや参照文献をもとに選ばれることが多いようです。キーワードには、自分の論文の特徴がすぐにわかるような語を選びましょう。また、参照文献には、自分の論文ばかりではなく、自分の研究の意義を正当に評価できる研究者の論文を取り込むように努力しましょう。 4. 査読者の嘆き…

研究の領域(scope)と限界(limitations)の陰陽関係

図書館やインターネットで、研究論文の書き方を調べてみると、「研究の領域(scope)と限界(limitations)を明確に提示しましょう」というアドバイスが見つかることがあります。いかにも当たり前なことだと簡単に読み流してしまいがちですが、実際に論文を書き始めると、話が「領域」と「限界」の間を行ったり来たりしてしまい、簡潔に書くのは意外と難しいことがわかります。このようなときには、まずはそれぞれの言葉の意味を思い出してください。 研究の「領域」とは、研究対象(研究の目的や被験者の選抜条件など)が何かを意味します。たとえば、「男児、3歳から5歳の脆弱X症候群と精神発達障害の関係」といった記述がそれに当たります。これに対して、研究の「限界」とは、自分が行った研究方法では知ることができないことを意味します。たとえば、「同様に脆弱X症候群を患う女児は研究対象に含まれない」といった記述がそれに当たるでしょう。つまり、「領域」と「限界」は陰陽の関係にあるといえるのです。 この2点が明確に、そして簡潔に書かれていない論文は、読者にとってわかりいくいと思われるだけでなく、読者を騙しているような印象を与えかねません。もちろんジャーナルの編集者や査読者の評価も悪くなります。 それを避けるためには、論文を書くときには以下の2点に注意し、論文は自分の研究の「広告塔」だと思って書いてください。 1. 初心に戻る 論文を書き始めるとき、研究者の頭の中は、分析方法の正確さやその結果の解釈などでいっぱいです。そのため、研究当初から考えつくしてきた領域や限界のこととなると、自明のこととしてササっと簡単に書いてしまいがちです。「本文を読めばわかる」といった安易な考えは捨てて、読者が必要とする情報がすべて含まれているかを何度も確認しましょう。 2. 切り離して書く 領域と限界が陰陽の関係にあると延べましたが、この2つはできるだけ切り離して書くように心がけましょう。基本的な順序としては、まず研究の領域を提示し、その意義を説き、その後で限界を認め、その対策を提言する、ということになります。研究を知り尽くした研究者の視点で考えると、「男児は対象だが女児は対象外。それは…」というように、領域と限界を並列して書いたほうが、問題点を比較しやすいような気もするかもしれません。しかしながら、研究の全体像を知らない読者にとっては、正誤の情報が行き当たりばったり提示されているという印象を抱きかねません。ご注意ください。

はじめて英語論文を書くときにご注意! 学術英語と一般英語の違い

「英会話にも慣れ、アクション映画ぐらいなら英語音声のみで観られるようになったのに、英語の作文能力がまったく向上しない」という話をよく聞きます。ここで考えたいのが、「日本人だからといって、日本語で学術論文を書けるわけではない」という事実です。一般社会で使われる言語と、学術論文を執筆するさいに使われる言語では、大きな違いがあり、そのことは日本語でも英語でも同じです。そこで今回は、学術英語の特徴について2点をあげてみたいと思います。 1. 一人称は回避される 英語の学術論文を読んでいてまず気づくのは、一人称の使用の少なさでしょう。とくに主語としての一人称は回避される傾向にあります。たとえば、ある実験のために被験者を200名集めたとしましょう。その説明として、“We had 200 subjects.”と書くことは十中八九ありません。 代案の1つとしては、“There were 200 subjects.”など、thereやitなどの無生物の仮の主語が用いられることが考えられます。この無生物主語構文は、動詞の選択にも影響します。たえば、“I found a different effect…”を無生物主語構文にし、“This…

日本人がよくする英語の間違いトップ20 (1)

日本人が英文を書くさい、独特の間違いをすることが知られています。本ブログでは、専門誌『プロフェッショナル・コミュニケーション・カンファレンス2004(Professional Communication Conference, 2004)』に掲載された論文「日本人著者が書いた英語論文でしばしば見つかる20の問題(Twenty problems frequently found in English research papers authored by Japanese researchers)」(Orr…

研究論文が却下される10の理由(1)

研究のデザインから投稿まで、寝る暇も惜しんで書き上げた論文。それが「残念ですが…」という型通りの手紙といっしょに却下されてしまうと、本当にガッカリしますね。でも、名誉挽回のチャンスはそのときにこそあります。研究自体に欠陥があったのか、それとも発表の仕方に問題があったのか? それがわかれば、次の投稿では採択される可能性を高めることができます。 本コーナーでは、これから4回に分けて論文が却下される10の理由を紹介します。論文の出版をあきらめる前に、もう一度見直してみてください。 1. ジャーナルの投稿規程を確認しましたか? 論文を投稿するさい、郵便を使う場合でもメールを使う場合でも、ほとんどのジャーナルには独自の(長い)投稿規程があります。「研究者の名前は論文から削除し、他の紙に書いて添付してください」とか「メールのタイトル欄に研究者の名前を書いてください」など、論文の質にはまったく関係のないルールも少なくありません。しかしながら、これらのルールを守らないと、論文審査以前にリジェクトされることが多々あります。 2. 誤字や脱字はありませんか? 毎日何十もの論文が送られてくる世界的なトップジャーナルの編集長によれば、投稿時の注意点として、「アブストラクト(要約)に一字でも誤字脱字があったら、 査読者 にまわさないで却下する」とのことです。 誤字脱字は本文だけの問題ではありません。他のジャーナル編集者は「アブストラクトを読む前に表組やグラフを見て、少しでもおかしかったら査読者へまわさない」といいます。 誤字脱字や数字の写し間違いがないか、再度確認しましょう。 3. タイトルに魅力がないのでは? 「読んでみたい!」と思わせるのもタイトルならば、「つまらなそう…」と思わせるのもタイトルです。…

誤訳を防ぐために気をつけたいこと4つ

今回は、自分の研究論文の英訳を依頼するとき、どうしたら誤訳を防ぐことができるかを少し考えてみたいと思います。下記に誤訳の予防策として気をつけたいことを4点にまとめました。 (1)専門知識を明確に説明すること 研究論文を他の人に翻訳してもらう場合、まず大切なのは、その論文翻訳に必要な専門ジャンルの知識レベルを、相手に明確に説明するということです。論文の内容によっては、その分野に関し浅く広い知識を持った翻訳者が適した場合もあれば、ある事項に関してより深い知識が要求される場合もあります。現在の学問は細分化がきわめて進んでおり、自身の専門分野について広くて深い知識を持つことは難しくなっています。同様に、ある分野を得意とする翻訳者のなかでも、その領域に関して研究者を越えるような広くて深い見識がある人などそうそういるものではありません。自分の論文に必要な専門知識を自分なりにきちんと把握し、明確に説明して翻訳を依頼しましょう。また、医学論文翻訳であれば医学博士に依頼したい、といった最低限の条件を決めておくことも必要です。 (2)翻訳者との関係性は良好に 翻訳者が決まったら、翻訳者とのコミュニケーションを大いに歓迎する態度を示したいものです。とくに研究論文を書き慣れていない研究者の場合、どんなに頑張っても、複数の意味にとれてしまう文章がいくつか残ってしまうものです。翻訳者がそういった文章を見つけた際には、無理に翻訳を続けるのではなく、その時々に確認できる関係性を作っておけば、 大きな誤訳へと発展することを防ぐことができるはずです。 (3)ダブルチェックで誤訳をなくそう もし時間と人材に恵まれていたら、一度翻訳してもらった論文を、他の人に読んでもらうと、誤訳が激減します。一度日本語を読んでしまうと、どうしてもその表現に引っ張られ、なかなか一度の翻訳では明確で正確な英文には翻訳されません。そこで、翻訳してもらった論文を、まったく新しい第三者の目を通して、英語の論文として読んでもらえれば、新鮮な視点で評価してもらえるはずです。 (4)第三者として自分の論文を再確認 そしてできることなら、ジャーナルに投稿する前に少し時間を空け、自分でも英訳された論文を一気に読み直したいものです。少し時間を空け、第三者として英語の論文を読むことで、わかりにくい表現がないか最終確認することができます。 翻訳には時間がかかるものですが、これも自己表現の大切な一歩。あせらず慌てず、慎重かつ丁寧に取り組むことが質の高い論文へにつながるのです。

研究ノートの書き方

研究ノートは、進行中の実験のデータを管理するためだけでなく、将来の研究活動や研究者としての身分保障のためにも重要なものとなります。そのさい、「できるだけ詳細に書く」ことが鍵となりますが、いったいどのようなことを書けばよいのでしょうか? みなさんの研究分野や実験内容によってその内容もさまざまだと思いますが、ここでは基本的かつ盲点となりやすい事項を、いくつかご紹介いたします。 *写真は、オットー・ハーン(1944年にノーベル化学賞受賞)の実験ノート 1. 測定を行った日時 通ってくる被験者がいる場合などは、必要に応じて曜日や天候も記入しましょう。 2. サンプル名 省略せず書きましょう。 3. サンプルの詳細 製造元および管理番号、純度、使用期限、など詳しく書きましょう。 4. サンプルの由来 自分でつくったものか、他の人がつくって直接渡してくれたものか、他の人が前日つくって置いていったものか、どこかの企業でつくられたものか、など詳しく書きましょう。 5.…

オープンアクセス化の効用

学術論文の「オープンアクセス化」という潮流があります。 2000年秋、商業出版社が出版するジャーナルの購読費が高騰していることに対し、「Public Library of Science(PLoS)」という科学者グループが公開書簡を公表しました。彼らは出版社に対し、論文が公表されてから6カ月以内にそれを公共のアーカイブに提供することを要求し、それを受け入れられないのなら、購読や投稿をボイコットする、と主張しました。この書簡がどれほどの影響をもたらしかのかということについてはいろいろな評価があるのですが、その後の学術論文のオープンアクセス化を促進したことは間違いないでしょう。「PLoS」は財団からの助成を得て、2003年にオープンアクセスの学術雑誌『PLoS Biology』を、2004年には、『PLoS Medicine』を創刊しました。PLoSや同時期にスタートしたオープンアクセス専門の出版社BioMed Centralの活動が注目され、オープンアクセス・ジャーナルが次々発行され、既存の商業出版社までがオープンアクセスに参入するようになり、現在にいたります。 今回は、あらゆる分野の人々にとって以下のような利点があるということを、あらためて簡潔にまとめてみたいと思います。 アクセス(利用しやすさ) オープンアクセス化を進めているジャーナルや論文集の大半は、読者に利用料金を求めていません。つまり、論文を読むための料金という障壁が大幅に軽減されているか、あるいはまったく廃止されています。このことにより、論文の著者たちも今までより広範な読者に自分の論文を読んでもらうことができます。読者の経済状態や、どこにいるのかが問題にならないので、論文その他の文献の対象読者が格段に拡大します。 直接性 その研究分野のコミュニティだけでなく、研究者か一般読者かを問わず、広範囲の読者が研究成果を直接に読むことが可能になります。 各種の効果を推進 研究成果が広がりやすいので、同分野の研究が盛り上がるだけでなく、そこから新たな研究分野が発展すれば、それに取り組んでみようという刺激を受ける研究者も出てくるでしょう。…

科学論文における文献レビューの書き方

現在、研究者が研究のプロポーザルを行う際に、科学論文の文献レビューの需要が高まりを見せています。近年、情報収集が容易になった反面、質の良い論文や出版物を見分けることが非常に難しくなってきています。文献レビューは、専門分野の情報を整理し、最新の論文の善し悪しを検証するために非常に有用なツールです。これから研究に着手する人たちだけでなく、最近の出版物に興味がある人にとっても役立つものと言えます。 文献レビューは、明確な構成で書かれなければなりません。また、作業量が膨大なものとなってしまう可能性があるため、執筆を始める前にレビューの執筆にかかる作業量を考慮しなければなりません。 科学論文における文献レビューの書き方ガイド 1.ゴールと構成の設定 ターゲットを定め、必要なトピックに集中しましょう。最近の興味深い研究が取り上げているトピックは何か、研究者が興味を抱いていることは何か……など。トピックが定まっていないと、膨大な分野と文献をあたらなければなりません。専門分野を絞って研究に取り組むことが肝要です。 2.研究 批評家の眼で、ふさわしいジャーナルを選定しましょう。最長でも3年以内に書かれた論文を出版できるよう、投稿の日程を考慮し研究を進めるのが賢明です。研究と情報整理のため、PapersやEndnoteなどのソフトウェアを使用すれば、大量のコンテンツを整理するために役立ちます。ノートを取り、論文ごとにコンテンツをまとめていくことで、次のステップでの作業がスムーズになります。 3.執筆開始 他の文献レビューを参考にし、自分のレビューをどのように執筆するか決定します。ゴールと構成が固まれば、執筆をスタート。執筆時にはターゲットを常に意識し、忘れないようにしましょう。 執筆時に気をつけるべき点: 構成を決定:通常、科学分野の文献レビューは、タイトル、アブストラクト、インデックス、序論、集成資料、文献目録、付録(必要であれば)で構成されます。 研究技法・方法、分析、実験器具等に必ず触れましょう。 事例掲載:文献レビューの事例を挿入することで、論旨を明確にしましょう。 研究者としての経験は、研究のプロポーザルを書く際や膨大な学術文献の中から必要な情報を探し出す際に非常に重要なものとなります。それらはレビュー執筆に大いに役立つということを常に意識してください。さらに学術・科学分野の研究に対して常にアンテナを張りめぐらし、門戸を開けておくことも心に留めておいていただきたい重要なポイントです。

Sciencescapeは最新の文献収集に役立つか?

学術論文の発表が急増することにより、自身の研究分野において常に最新の研究成果を得ようとすることがますます難しくなっています。いくら優秀な研究者であろうと、特定の分野で発表されたすべての論文をくまなくチェックすることは不可能です。それでは大量の文献を、必要なものと不要なものとに効率よく仕分けるにはどうすれば良いのでしょうか? そうした悩みを持つ研究者の皆様に役立つのが、この新しいツールSciencescapeなのです。 文献の検索以外の機能も備えるSciencescape Sciencescapeではバイオメディカル分野において古い文献から最新の文献にいたるまで、約2,200万本もの論文を取り扱っています。利用者は遺伝や薬学等、関心のある分野を選択し、文献のデータベースを検索します。このような検索機能以外にも、Sciencescapeには文献をライブラリに保存するツールや、他の研究者と論文を共有できるツールも備わっています。Sciencescapeに対する専門家の意見を聞いてみましょう。  日々発表される大量の論文を効率的に整理し、把握することができる画期的なツール。 Sciencescapeは、研究者が最新かつ関連性のある論文をキャッチアップするのに役立つ優れたツールです。Sciencescapeを利用することによって、毎日発表される大量の論文を整理し、内容を簡単に把握することができます。Sciencescapeはリアルタイムで文献を分類するアルゴリズムを使用し、研究者それぞれが関心を持っている分野の文献を整理することで、関連研究分野の調査・研究結果について研究者たちに常に最先端の情報を提供します。 新しい文献の検索が容易になるほか、データ可視化機能も備えていますので独自のプロジェクトのアイデアをまとめるのにも便利です。また、自身の論文を特定ライブラリごとに分類して整理し、同じ研究グループ内の人びとと重要な情報を共有することも可能にします。 修士(学際的分野) アメリカでの研究・校正歴6年以上  急を要する研究の場合でも、論文の内容を容易に把握することができる。 これまでの文献検索では、関連のある情報が存在しそうなデータベースを、特定のキーワードでできる限りたくさん検索していました。さらに几帳面な研究者であれば、対象となるキーワードの幅を広げ、主要な類義語や一般的ではない用語をデータベース検索に活用していたかもしれません。文献のデータベースは現在も急速に拡大しています。こうしたデータベースの拡大に対応するため、Sciencescapeは特別な指標や関数を用いてこうした検索のプロセスを自動化することができます。それにより検索の時間も大幅に短縮されることになるでしょう。グラフィカル・インタフェースの採用により必要な情報を一目で閲覧することが可能になり、特に重要性の高い情報を見逃すこともなくなります。 このツールを使用することで、急を要する研究の場合でも素早く文献の内容を把握することができます。郵送による購読など、かつてのシステムを懐かしがる方も存在することでしょう。しかし特定の研究分野の最新の情報を効率的に提供してくれるこのツールの有用性を疑う人はいないはずです。一方で、独断的な考えや影響力の高い研究に使用が偏りがちになるため、一般市民や商業的な関心に迎合してしまう可能性があるという、このツールの特性もまた理解しておく必要があります。 博士(腫瘍学) オーストラリアでの科学分野・医療分野に関する執筆歴12年以上  将来私たちの世界により広く浸透してゆくだろう。 このツールはユーザーたちの行動や関心によって作られた「知的」アルゴリズムを使って個別の検索環境を都度改善し、利用者それぞれに最適な文献を紹介してくれます。まるで、私たちが閲覧したり購入したりした書籍から、さらにお薦めの書籍を紹介してくれるAmazonのサービスのようだと感じます。提案される文献が私の関心から外れている場合もありますが、ぴったり一致する場合も多いのでこのアイデアには将来性があると思います。…

continualとcontinuous

形容詞「continual」と「continuous」(また、その副詞形の「continually」と「continuously」)は意味が似ており、口語においては互換性がある場合もありますが、厳密には同義ではなく、文語、特に学術論文において使い分けが必要です。 両形容詞は、ともにある状態が「終わらない」という状況を表しますが、「continuous」がその状態が継続的に、つまり「途切れずに続く」という意味を持つのに対し、「continual」はそのような意味を持たず、同じ状態が「何度も絶えず出現する」という状況を表します。 以下に「continual(ly)」と「continuous(ly)」の使用例を挙げます。 (1) The visitors have made continual requests to be moved to another…

盗用 を防止するための編集者の役割

第2言語としての英語で執筆する論文著者は、英文校正者を雇う場合がよくあります。そうした論文を担当する編集者(エディター)や英文校正者がよく体験する問題として、こうした論文著者は他人が発表した論文から文章を抜き出して、それをそのまま自分の論文に取り込んでしまうケースがあります。こうした第2言語としての英語で論文を書く著者たちが、なぜ盗用をしてしまうのか? それについては、MacDonnell が優れた概論をまとめています(参考資料1)。西側諸国とそれ以外の諸国では文化的な違いがあることは明らかで、英語を第2言語として書いている著者の多くは、言葉を少し拝借しても、大した問題とは考えていないのではないか、という指摘もあります(参考資料2)。 それがまさしく証明されてしまったのが、2014年に発覚したSTAP細胞の研究不正事件でした。『ネイチャー』で発表されたその論文の一部には、海外の研究者が書いた論文とそっくりの文章がありました。また、その研究者が大学院時代に書いた博士論文には、NIH(米国立衛生研究所)のウェブサイトをそのままコピー&ペースト−−いわゆるコピペ−−した部分がきわめて多くあることが発覚しました。後者は大学の調査委員会によって研究不正(盗用)とみなされました。 出版倫理委員会(Committee on Publication Ethics)は、この問題について突っ込んで論じた文書を発表しています(参考資料3)。 盗用を招く要因については、ここでは詳しく論じません。むしろ、編集者が盗用を発見するにはどうすればよいのか、また盗用を発見したら、どうすればよいのか? ここではそれを以下で論じます。 (1)盗用を発見するには? 英語を第1言語としない著者が書いた英語であれば、どうしても英語の文法面での誤りは多数あります。したがって編集者は、そうした論文の中のある箇所だけが英語としてはよくできており、その他の箇所の英語に誤りが多ければ、そのよく書けている箇所が盗用ではないかと疑うことができます。さらに編集者は、論文の中からランダムにセンテンスを選んでGoogleで検索し、どこかからのコピー&ペーストではないかと探ることもできます。さらに論文の著者があげている引用文献を調べることによっても、テキストの複製がないか確認することができます。 また、盗用をチェックするための各種ソフトウェアやウェブサービスもあります(参考資料4)。よく知られたものとしては、iThenticate や eTBLAST といったものがあります。前述のSTAP細胞の問題で、当該の研究者が書いた博士論文の盗用は、「difff(デュフ)」というテキスト比較ツールで明らかにされました。 (2)著者とていねいにやり取りを行うこと こうして盗用を発見した場合、次は、そのことをその論文の著者に伝えることが大切です。このさいには決して非難しないでください。たいていの論文著者はそれなりの業績を積んできた学者であり、たとえ盗用が行われていても、それが悪いことだと自覚していなければ、非難の口調で伝えられると、バカにされたように感じてしまいます。さらに、盗用がどこまで行われているかという範囲の問題によっても、編集者の取るべき行動は変わります。他人の著作から段落を丸ごとコピーしたような場合には、編集者はその盗用をした著者に敬意を払いながらも、その編集の仕事を断るべきです。このさいには、その盗用された段落がある原著の箇所を示し、該当する箇所の書き直しをまず求めてください。また、文をいくつかコピーしただけであれば、編集者が当該箇所をパラフレーズ(いい換え)して「修正」…

日本人がよくする英語の間違いトップ20(4)

日本人が英語で文章を書くときに起こりやすい、典型的な間違いとはどのようなものでしょうか。どうにか正しい文法で英語の文章を書けるようになっても、それだけでは本当の意味での「正しい英語」は書けません。ここでは日本人がよくする悪い癖を取り上げ、その対応策を考えていきたいと思います。 1. 長すぎる文 日本人の書く日本語は、英語ネイティブの書く英語と比べると1文の長さが長いことが特徴です。このため、日本人の書く英文も長くなる傾向にあり、通常短い文を読み慣れた英語ネイティブには、内容の難易度にかかわらず読みにくいものとなっていきます。それに加え、情報が必要以上に満載され、受動態や間接代名詞などが多用され、文の構造が複雑になってくると、文法的には正しくても、普通の読者にはまったく解読不可能となってしまうことがあります。「1文に1情報」を基本と考え、文が3行以上に及んだら書き直しを考慮しましょう。 2. 取ってつけたような引用文 英語で出版された論文にもっと新しくて関連深いものがあるにもかかわらず、日本語で出版された古い論文を引用する人が目立ちます。参照論文は、引用したり比較したりすることによって、論文の信憑性を高めるために使うものなので、限られた読者にしか裏付けができない日本語論文の使用は、あまり意味のないことです。また、世界の研究の流れを把握していないと疑われることもありますので、日本語の論文を参照することはできるだけ避けるようにしましょう。 また引用をする場所が強引で、本文の流れがブツブツ途切れたようになるのも日本人の書く論文の特徴です。ほかの論文がどのようにして先行研究などを引用しているか、いつも気をつけておくことで、引用の仕方を少しずつ身につけてください。 3. 統一感の欠如 引用元の英語の影響かと思われますが、イギリス英語とアメリカ英語が入り交じったり、emailがEmailになったりe-mailになったりするなど、論文全体を通して統一感が欠けてしまうことが多いようです。括弧の使い方や略語の使用不使用など、最後に検索機能を使って機械的にチェックする癖をつけましょう。 4. 句動詞の誤用 “look up”などのように動詞のあとに前置詞や副詞がつく句動詞の使い方は、案外と難しいものです。とくに、下の例を見るとわかるように、句動詞の間に名詞が入るもの、入らないものなど、形式がいろいろあるので混乱しがちです。多くの場合、辞書に例文がありますので、慣れるまでは確認しながら使うように心がけてください。…

長すぎる 論文 は掲載されにくい?

「出版される論文の数は多ければ多いほどよいけど、あまり小分けにしすぎると掲載してもらえないかもしれない・・・」。「内容ももちろんながら、だいたい何ページぐらいに収めたらよいのだろう・・・」。 論文の長さについての悩みは、論文を書き慣れた人でも、なかなか簡単には答えが出せない問題です。長すぎる論文は掲載されにくいことをご存じですか? そこで今回は、論文の長さについて考えてみたいと思います。 ジャーナルのなかには、論文の長さに制限を設けているものもあります。たとえば、有名なトップジャーナル『サイエンス』では、「研究論文」では「4500語まで」、「報告」では「2500語」まで、「レビュー論文(総説)」では「6000語まで」と規定されています。語数ではなく、字数で規定される場合もあります。『PNAS』として知られる『アメリカ科学アカデミー紀要』は、「スペースを含めて3万9000字以内」と規定しています。 その場合、その制限内で「簡潔ながらも情報満載」となるように論文の構成を考えればよいでしょう。しかし、研究内容が幅広すぎて制限内では書けないと判断した場合には、無理をして1つの論文にまとめるのではなく、複数の論文に分割することも必要となります。ただし、複数の論文に分割するときには、投稿した論文すべてがジャーナルに掲載されないことも考慮に入れて、1つひとつの論文が自立したものになるよう、計画を綿密に練ってから挑んでください。 さて問題なのは、長さの制限がないジャーナルです。いったい何ページ程度に収めたらよいのでしょうか? 長すぎる論文は、内容がよくても掲載される可能性が低くなります。長い論文を読んでくれる査読者はなかなか見つかりませし、見つかったとしてもすぐには読んでもらえないでしょう。場合によっては、半年後の夏休み(または冬休み)まで待たされることになるかもしれません。また、仮に論文がジャーナル1冊全体の20パーセントを占める長さだとしたら、その半分の10パーセントを占める長さの論文よりも、2倍の価値が求められるとでしょう。つまり、長ければ長いほど掲載される 論文 の水準が引き上げられるということになります。このため、長さの制限がないジャーナルに投稿する場合でも、不要に論文を長くすることは避けたほうがよいでしょう。 長さの制限がないジャーナルに投稿すると決めたら、過去に発行されたジャーナルを2、3冊手に取って、各論文のページ数を調べることをお勧めします。このとき、 参照文献一覧はページ数として数えなくてよいでしょう。長いものや短いものもあると思いますが、標準として何ページぐらいを目標にすればよいかがわかると思います。ページ数の目安がわかれば、1行当たりの語数(または字数)、段組み数(2段がほとんど)、1ページ当たりの行数を数えてください。そうすれば、論文1本あたりの語数(や字数)の目安がつくでしょう。

学会発表申し込み用のアブストラクトを書くには?

データの集計と予備分析が終わったら、論文を書き始める前に学会での発表を申し込む準備をすることをお勧めします。 とくに有名ジャーナルでの出版を目指している場合には、学会発表での質疑応答から得られるいろいろな助言やアイデアはきわめて有益です。また、論文掲載を目指しているジャーナルが学会から発行されている場合は、その学会で発表することによって、読者層を確認することができるでしょう。忙しいスケジュールをやりくりしながら学会発表の準備までするのは面倒なことですが、論文出版への第一歩だと思って頑張ってください。 学会発表の申し込みをするとき、必ず書かなければならないのがアブストラクト(要約)です。アブストラクトに、自分が発表する研究の簡単な説明とデータを紹介し、分析結果を提示することによって、その研究がその学会に適したものかを審査してもらいます。 学会の主催者が最も嫌がることは、始めてもいない研究について、いかにも発表できる状態であるかのように書かれたアブストラクトが送られてくることです。そのため、実際にデータ集計と予備分析が終わっている場合には、それらが文面から伝わるようにアブストラクトを書く必要があります。たとえば、もしすでに計算が終わっているのであれば、単に「多くなった」と表現するのではなく、「13パーセント増加した」と具体的な数字を示すとよいでしょう。 また、文法的には少しおかしいのですが、未来形を使うのは控えて、「In my presentation, I talk…(私のプレゼンでは、…について話します)」と現在形を使うことも効果的です。 発表する内容は、時間枠をよく考えて決めてください。仮にいろいろな発見があったとしても、短い時間内で発表できる内容には限界があります。時間内に収まるように論点を絞りましょう。 学会参加者の多くは、題名を参考にして、発表を聞きに行くかどうかを決めます。そのため論文の題名は、読んだだけで何についての研究なのかわかるようなキーワードを含むものがよいでしょう。研究の詳細を説明するような長い題や、抽象的な短い題はお勧めできません。 写真などを使って事例を紹介するときには、論点を最もよく表現しているものを慎重に選びましょう。論点と写真などの視覚的素材とのつながりに無理があると、アブストラクトで書かれた内容がどんなにすばらしくても、実はその分析は主観的で当てにならないかもしれない、と疑われてしまいます。 また、研究の説明も大切ですが、研究結果とその結果のもたらす意義について書くのを忘れないようにしてください。学会の参加者がどのような人たちで、どうしてあなたの研究の結果を知っておくべきなのかをアブストラクトで指摘できれば、最終的に投稿した論文が受理される可能性も俄然と高くなります。 フォーマットとしては、論文の2行間隔とは違い、1行間が基本です。文字のフォントはTimesかTimes New…

【日本大学発ベンチャー】 ブルーイノベーション株式会社

「世界で戦えるオンリーワンの無人航空機と強いチームを作りたい。」 近年、全世界で無人航空機(UAV: Unmanned aerial vehicle)の商業利用に向けた動きが活発化している。2013年には、アマゾン・ドット・コムやドミノピザが無人航空機による宅配事業サービスへの参入を発表。無人航空機による新市場は約1兆円にものぼると言われ、現在では欧米諸国はじめ各国が法整備や技術革新を急いでいる。 その中、国内で先行的に無人航空機の運用サービスを手がけているベンチャー企業がブルーイノベーション株式会社だ。2014年にはYahoo! JAPANと連携した360度パノラマコンテンツアプリを提供し国内外から注目を集めた。 海岸の防災・環境コンサルティングを主軸としながら、世界を見据えた無人航空機運用サービスを展開している同社の成長の軌跡と今後の戦略について熊田社長に伺った。 ■開拓者としての研究時代 大学院時代は、差別化できるスキルを身につけるため、学科内では誰も手がけていない「海岸環境工学」を研究テーマに選びました。当時、海洋建築工学科では構造・都市計画の研究がほとんどで、先輩も教授もいませんでした。開拓者としてやってみようという思いはありましたが、修士1年目は模索状態。 そんな時、タイ・ベトナム調査で洪水によるマングローブの倒木に伴う河岸侵食や家屋の崩壊を目の当たりにし、河岸・海岸の防災に興味を抱くようになりました。帰国後、世界で初めて海岸地形と底質粒径の変化が予測できる数値計算モデルを開発しました。 侵食されている海岸の粒度を分析し、どのような砂粒を補給すれば海岸が復活するかが分かるもので、当時は画期的なモデルとして高く評価され、大学より博士号が授与されました。 ■無人航空機との出会い 私の研究は実務分野に答えがあると実感し、大学院時代には海岸防災を中心とした会社を設立しました。現在も「海岸コンサルティング事業」を主軸とし、砂浜の侵食・高潮・津波対策などにおいて現地調査から解析、対策・保全計画の提案、住民協議会運営まで手がけています。顧客は官公庁や第三セクターです。 現地調査のことを我々は〝海岸の健康診断〟と呼んでいますが、その際に欠かせないのが無人航空機です。5年前に東京大学の開発プロジェクトを知り、共同研究を開始しました。無人航空機はGPS誘導によりプログラムされたルートの自動飛行が可能なため、海岸の経年変化を測定するのに適しています。また、高度150m以下は航空法の申請がいらず、災害時などにすぐ飛行できるのも大きな特長です。我々は無人航空機を海岸モニタリングに活用することで、有人機の空中写真撮影に比べ、圧倒的な情報量の取得と低コスト化に成功しました。同システムは日本でも類がなく、共同研究論文は土木学会や航空宇宙学会でも高い評価を受けました。…

学会発表用ハンドアウトのつくり方

昨今では、パワーポイントなどの視覚的ツールを使わない発表はないといっても過言ではありません。しかし発表を聞く者にとって、やはりメモを書き込めるハンドアウト(配布資料)ほど便利なものはありません。 今回は、実用的なアドバイスをいくつかあげてみました。英語でハンドアウトをつくるときにご参照ください。 【内容について】 1. ハンドアウトの最初のページには、論文の題、発表者の名前、大学名などの所属、メールアドレスを書きます。論文の題などをヘッダーに書く必要はありません。 2. 各項目の見出しは、その番号が「1.2.2.1」や「1.2.2.2」と複雑に枝分かれしないように、できれば「1.1」、「1.2」というように、2段階程度になるようにしましょう。 3. 図やグラフには番号をふりますが、直接引用文には番号はいりません。そのかわり、出典を書き忘れないように気をつけてください。 4. 参照文献一覧は、短い発表の場合は5から10文献、長い発表の場合は1ページ程度にまとめましょう。 【フォーマットについて】 1. 白い紙で、表裏の両面を使いましょう。 2.…

参照文献のスマートな見せ方とは?

先行研究の多い分野では、似たような論旨の論文や、同じような研究結果を示している研究が複数見られます。参照文献は新しければ新しいほうがよいといわれますが、このような場合、最新のものだけを参照したほうがよいのでしょうか? それはよくありません。自分の研究に関連のある先行研究は、できるだけ多く参照するよう心がけましょう。 見つけた先行研究をすべて紹介することによって、その論旨や研究結果が、学術界でどれだけ立証されたことなのかを表すことができます。また、自分がどれだけ多くの文献を読みこなし、該当の分野にいかに精通しているかをアピールするよい機会ともいえるでしょう。反対に、限られた数の先行研究しか引用していないと、たとえそれが最新で信頼性の高い研究の抜粋だとしても、読者は、限られた研究でしか証明されていない事実だと思ってしまうかもしれません。また、その分野に関して深く学習していないという印象を与えかねません。したがって、場合によっては10本以上に上る参照文献を書き連ねることになるかもしれません。しかしこのことは、研究を取り巻く現状を読者に鮮明に理解してもらうためにも必要不可欠なことなのです。 ここまでご紹介したことは、どの「よい論文を書くためのガイドブック」にも書かれていることです。しかし現実には、まったく同じ論文などいうものはありません。そのため、見つけた先行研究を手当り次第に引用すると、自分の研究について書いている部分よりも長くなってしまいかねません。それでは本末転倒です。では、多少違う意見や研究結果を示している論文を簡潔に紹介するにはどうしたらよいのでしょうか? 1つの方法としては、出版の年代順に紹介し、そのテーマを取り巻く研究とその知見の変遷を追っていくことです。読者に対して、何が論点であり、それがいかに解明されつつあるのか、そして今回の研究がその歴史のなかでどのような意義をもつのかを明確に提示することができます。この方法は、研究の仕方や機材の向上がめまぐるしく変わる分野に適した方法かと思われます。 また、まず参照した研究の共通項を要約し、その文末に「Anderson 2008, Bell, 2008, Jones 2009」などと参照文献すべてを列記した後で、「しかし多少の意見のくい違いも見られる」と述べて、それぞれの参照文献の相違点を1つずつ比較しながら紹介していくのもよい方法でしょう。この方法は、その分野の専門家のなかで意見がまっぷたつに分かれている場合などに有効な方法かと思われます。

参照文献の選び方

つい数年前まで、インターネットは信用できない情報源の代名詞でした。しかし昨今では、多くの研究者が、学会では発表したけど、まだ出版していない研究結果を自分のウェブサイトやブログに載せるなど、インターネットに掲載された情報も、あながち無視できない存在となりつつあります。さらにいえば、電子ジャーナルも人気と信頼性を高めており、最近ではKudosなど研究者自身が論文をインターネット上でPRできるサービスも登場し、「印刷されていなければ参照文献として使えない」という時代はすでに終わっていると言えるでしょう。とはいえ、玉石混合の情報が存在するインターネットから信頼性の高い参考文献を選ぶには、いくつかの判断基準が必要となります。今回は、その中から特に注意したい点についてご紹介いたします。 1. 誰が書いたか? 大学院生時代から論文を出版することを奨励するアメリカでは、無名の研究者のなかにも目を見張るような研究結果を発表する人が数多くいます。自分の研究に関係のある研究成果を見つけたら、その著者がどのような機関に所属しているか、誰に師事しているか、過去に出版や研究発表の経歴はあるか、ほかの論文に参照されているかを調べてみましょう。 ウェブサイトの場合、一般的には、大学などの教育機関を表す「.edu」や政府機関を指す「.gov」がURLに含まれているほうが、そのほかのウェブサイトより信憑性があると考えられます。しかし、今まで多数の出版実績があって有名な組織に所属していても、その研究成果が専門分野外の場合は要注意ですので、内容をよく確認してください。 2. いつ書かれたか? “金字塔”と呼ばれるような論文はともかくとして、できる限り最新の情報を集めましょう。単行本を参照する場合、初版が5年前でも、その後何度か改訂されている場合があります。改訂の際にデータの間違いが訂正されたり、新しいデータが加えられたりすることが多々ありますので、必ず最新版を入手しましょう。ウェブサイトの場合は、ページの一番下に作成日を書くことが多いようです。必ずチェックしましょう。 3. どこに掲載されたか? ジャーナルには、学術論文のみを掲載するジャーナルとそうでないジャーナルがあります。そのため、ジャーナルの出版元を調べておいたほうがよいでしょう。多くのジャーナルは出版社からではなく、学会など、そのジャーナルが守備範囲とする専門分野の学術団体から出版されています。それがその論文の信頼性を知るヒントになるかもしれません。 また、単行本を参照する場合は、出版社を確認してください。出版社のなかには、特定の研究分野の出版に力を入れているところもあります。そのような出版社は、その分野に関しては内容の正確さと最新情報の提供に細心の注意を払っていると思われますので、信頼性も高いでしょう。

参照文献として誰の論文を引用すべきでしょうか?

論文を書くためには、先行研究として書かれた論文を参照し、引用する必要があります。もし、あなたが参照した論文の信頼性に疑いの目が向けられるようなことがあると、それを参照したあなたの論文にまで疑惑の目が向けられてしまいます。このような不愉快な経験を避けるために、研究者のなかには、知らない研究者の論文をまったく参照せず、信頼できる研究仲間や師事した研究者の論文のみを参照文献として使いながら、自分の研究を進めていく者もいます。とくに、新しい分野の開拓者として何年も同じ分野の研究に従事してきた研究者には、この傾向が大きいようです。実際、自分の名前や自分を含む共著で発表した過去50本にものぼる論文だけを参照文献に使って書かれた論文もあります。それはそれで、「この人はこのテーマに対してここまで研究し尽くしているのだ」という感動に値するものでした。しかし、一瞬の感動が過ぎると、周囲の反応はかなり冷たいものだったといわざるをえません。 幅広い研究を自分の論文に参照文献として取り込むことは、あなたの研究者としての広い見識を読者へアピールすることなのです。 たとえば、あなたが自分とは異なる学説や研究方法を取る論文も参照文献としてあげていれば、あなたは数多くの選択肢の中から今回の研究方法を選び、さまざまな学説のなかから最も正当性のあるものにたどり着いたのだろう、という印象を読者に与えるでしょう。逆に、参照文献が1つの学説に偏っていれば、あなたがほかの学説を知らず、唯一自分が知っている学説のみを無心に信じ込んでいると思われかねません。研究方法においても同じことがいえます。 また、自分や自分の研究仲間の論文だけを参照していれば、どんなによい研究をしても、「この研究者は視野の狭い人だ」と笑われる危険性があります。参照文献には、自分の研究の是非を証明するという以外に、自分の研究者としての信頼性を読者へ訴える機能があるということを忘れないようにしてください。 いうまでもなく、一般読者用の科学雑誌に書かれたエッセイなどを研究論文のように取り扱ってしまうことも、あなたの研究者としての信頼性を損ねかねませんが、そのことは皆さんもよくご存じのことでしょう。幅広い研究分野において、信頼の置ける参照文献を探すことは骨が折れますが、ご自身の研究の深耕のためにも時間を割いて丁寧に取り組みましょう。

参照文献としてふさわしい出版物は?

出版物の多くは、ジャーナルを含む専門書と、一般読者向けに書かれた一般書に二分されます。たとえ有名な研究者が著者になっているものでも、論文で一般書を参照するのは避けたいものです。とくに、一般読者向けの雑誌に研究結果が掲載されているような場合は、十中八九、原著論文がジャーナルで発表されているはずですので、そちらを参照してください。原書が見つからない場合は、著者に問い合わせるのもよいでしょう。グーグルなどのサーチエンジンや所属機関のウェブサイトを通して調べると、案外と簡単にメールアドレスが見つかるはずです。 さて、それでは専門書ならば何でもよいのでしょうか? 解説書やレビュー論文は、原著をより深く理解するうえでとても便利な資料です。その出版には、出版社も細心の注意を払って著名な研究者を抜擢することが多いので、その内容も客観的で信頼性の高いものが期待できます。また同様に、巻頭言や編集後記を任せられる人たちも、その分野の識者だと考えてよいでしょう。しかし、解説書やレビュー論文を書いている人の解釈がすべて正しいわけではなく、支持する学説や理論によっては読み方も変わります。レビュー論文が自分と同じ考えを提示している場合は、その文を引用するのもよいでしょう。ただし、研究の方法や結果について引用する場合は、原著を確認し、原著を参照しましょう。 「技術注記(Technical NotesまたはTechnical Reports)」と書かれた出版物は、現行の研究の最新報告を意味しますが、出版にかかる時間を考えると、数カ月経ったものと思っていいでしょう。内容に興味を持った場合には、著者に直接問い合わせることをお勧めします。新たな発見について教えてもらい、自分の論文で参照してもよいとの許可をもらったら、 「personal conversation(私信)」という形で引用することが可能です。 技術注記に比べて「症例報告(Case Reports)」や「症例研究(Case Studies)」と呼ばれる報告は、より完結した臨床所見を意味し、研究の事実を報告したものとみなされます。そのデータを自分のデータや論点を支持する資料として取り入れることはできます。しかし、症例報告を書いた研究者による研究結果の分析や見解は、後日、論文の形式で出版されることが多く、同じデータを見てもあなたと同じ見解に結びつくとは限りません。したがって、思い込みで「私と同じ考えだ」などと書かないように気をつけましょう。

ベル研シェーン事件

今回は、「科学界における不正行為」の代名詞的存在となってしまったシェーン博士の研究者人生と、彼の不正行為が学術界におよぼしたインパクトについて考えてみたいと思います。2014年に日本で発覚し大騒動となった「STAP細胞事件」と、2005年に発覚した「韓国クローンES細胞事件(ファン・ウソク事件)と、この「シェーン事件」を合わせて、「三大不正事件」といわれることもあります。 1997年、当時弱冠28歳だった若手科学者ヤン・ヘンドリック・シェーン(Jan Hendrik Schön)は、世界的にもそのレベルの高さで有名なベル研究所に雇用されます。それから数年の間、シェーンは物性物理学とナノテクノロジーを中心に研究を続け、2000年から2001年にかけて、フラーレン(中が空洞の球、楕円体、チューブなどの形状をした炭素の同位体)における高温超伝導(比較的高い温度で電気抵抗がゼロになる現象)の研究を中心に、画期的な研究成果を科学雑誌『ネイチャー』や『サイエンス』 などで次々発表します。その量産ぶりには目を見張るものがあり、2001年には、シェーンが著者に名を連ねる論文が、平均して8日に1本のペースで発表された計算になります。しかも、これらの研究成果がもし真実であれば、人類がシリコンをベースとした無機エレクトロニクスから離脱し、有機半導体をベースとする有機エレクトロニクスに向かう大転機となりうる大発見であったため、シェーンは、2001年には「オットー・クルン・ウェーバーバンク賞」と「ブラウンシュヴァイク賞」を、続く 2002年には「傑出した若手研究者のための材料科学技術学会賞」を受賞し、「超電導の分野でノーベル賞に最も近い人」と賞賛されるまでに至ります。 シェーンは当時、ベル研究所以外にドイツの出身大学にも研究室を持っており、同僚たちも、もう1つの研究所で実験を行ったといわれると、その結果を鵜呑みにするしかない状況だったようです。また、あまりに華々しい成果に世論の賞賛の声が高まり、躍進的な研究結果に多少の違和感を感じていたほかの研究者たちも、なかなか正面切って疑惑の声をあげることができませんでした。 しかし最終的には、多くの論文で同じデータが重複して使われていることが指摘され、2002年にベル研究所が調査委員会を設けるに至ります。調査では、シェーンの論文25本と共同執筆者20人に不正の嫌疑がかけられ、世紀の大発見のほとんどがデータの捏造であったことが露見しました。その結果、『サイエンス』誌に掲載された論文10編および『ネイチャー』誌掲載の論文7編が無効扱いとなり撤回されました。 このシェーンのスキャンダルは科学者のコミュニティにおいて、共著者・共同研究者の責任をめぐる大論争を引き起こし、近代的な研究倫理の設定を促すことになりました。というのも、当時、論文に対する共著者たちの責任に対する一般的なコンセンサスがなかったため、不正行為はすべてシェーンが1人で行ったとみなされ、事件にかかわった共同研究者や研究グループリーダーは無罪放免となったからです。 また、完全無欠のように賞賛されていた査読付きジャーナルの限界も指摘されるようになりました。査読はあくまでも、論文のオリジナル性と妥当性を論文上の情報を元に審査することしかできず、論文の作成までのプロセスに不正があってもそれを見抜くことが不可能に近いからです。 共同研究者の責任や投稿する論文の正当性についての規制は、年々厳しくなる傾向にあります。自分の研究に「箔」をつけたいがために有名研究者の名前を借りること、有名研究者も自分の業績を増やしたいために名前を貸すという行為は近年、「ギフトオーサーシップ(贈り物としての署名)」と呼ばれ、批判の対象になっています。「STAP細胞事件」でも、若い研究者が持ってきた実験データを、シニアの研究者がまともに確認しないまま論文の共著者になったことが問題になりました。気軽に他の人の研究を後押ししたり、誘惑に駆られてデータの出典を確認しなかったりすることのないよう、十分気をつけてください。

利益相反

「利益相反」とは、一般的には「ある行為により一方の利益になると同時に、他方への不利益になる」状態を指しますが、研究における「利益相反」は、個人としての利益相反と組織としての利益相反の双方を含みます。具体的には「外部との経済的な利益関係等によって、公的研究で必要とされる公正かつ適正な判断が損なわれる、又は損なわれるのではないかと第三者から懸念が表明されかねない事態をいう」と定義されています。 英語では「利益相反」を「Conflict of Interest」と表記し、各ジャーナルの「Instructions for Authors」には「Conflict of Interest」の項目が必ずあります。論文を投稿する際はその指示によく従ってください。 研究における利益相反の詳しいことについては以下のウェブサイトをご参照ください。 日本語: 厚生労働省-研究に関する指針について 文部科学省-利益相反ワーキング・グループ報告書 英語: Resources for…

誤訳、悲喜こもごも

同じ言語を使って話をしていても、ちょっとした言い間違いや言葉足らずな表現が原因で誤解を招くことは多々あります。これが通訳を通した二言語間の会話となると、国の代表という一流の人たちの間でも、言い間違いや誤解のリスクはゴロゴロ転がっています。そういった国の代表者たちの間で起きる誤訳は、思わず失笑してしまうような、愉快な事態を引き起こすこともあれば、国同士の関係を悪化させる深刻な事態を招く危険もあります。今回は、各国で実際に起こった誤訳をめぐる悲喜こもごものエピソードをご紹介します。 まずは、明るい(?)話題から。 2011年4月に、中国の温家宝(ウェン・ジアバオ)首相がマレーシアを訪問したときのことです。盛大に催された歓迎式典には、マレー語で「温家宝閣下マレーシア訪問の正式歓迎セレモニー」と書かれたパネルが掲げられていました。そしてその下には、首相を心から歓迎する思いからか中国語への翻訳が書かれていました。ただ、この中国語訳が「正式歓迎セレモニー。彼と一緒の温家宝閣下、マレーシア正式訪問」という意味不明のものだったのです! 事態は、歓迎式典の翌日、マレーシアのナジブ首相が温家宝首相に謝罪し、笑い話として収拾・・・かと思われましたが、2カ月後の6月、台湾の『聯合新聞』が「笑える話」として取り上げ、マレーシア政府は再度恥ずかしい思いをさせられることとなりました。 調査の結果、中国語訳は大手検索サイトであるgoogleの翻訳サービスを利用して行われていたことが明らかとなりました。便利なサービスも過信することなく用心が必要というわけです。 このお話は、相手に対する好意的な歓迎の気持ちから生まれ、相手の好意的で寛大な対応で何事もなく笑い話として終わりました。公式の場で大恥をかくのは、誰にとっても嫌なことですが、誤訳の害は最小限にとどまったといえます。 しかし、同じ誤訳でも、周辺の国々を巻き込み、国の名誉をかけた口論に発展する場合もあります。 2012年8月、イランの首都テヘランで開催された首脳会議で、エジプトのモルシ大統領が演説でシリアの政権を非難したときのことです。モルシ大統領が「シリア」というたびにイラン国営放送のペルシャ語通訳者が「バーレーン」と訳したため、モルシ大統領がバーレーンを非難したと思ったペルシャ語話者の聴衆が混乱しました。その後の調査で、通訳者の誤訳だと判明すると、バーレーンの国営放送は「事実のねつ造であり、報道機関の行為として受け入れられない」と述べ、内政干渉だとイランを強く批判し、正式謝罪を要求するまでにいたりました。イランの国営放送は単なる誤訳だと述べました。一方で、議長国であるイラン政府が、イラン人である通訳に圧力をかけて意図的に誤訳させた、という説も飛び交いました。イランはシリアの同盟国なため、そのような説が上がったのかもしれません。 このように、スンニ派とシーア派の危うい関係が渦巻く中東では、「国名を間違えた」だけでは済まされず、 複数の国をまたがった宗教的抗争のような論争へと発展することがあるのです。 好意的な気持ちから発生した誤訳だからといって、笑い話で終わるとは限りません。本当の国際化を目指し、自分の気持ちに正直に、そして相手の立場からみても自分の気持ちが率直に伝わるように外国語のスキルを磨きたいものです。

論文の謝辞-例文比較

論文における謝辞(Acknowledgement)とは、論文執筆に間接的に携わったすべての人の貢献に対して感謝を述べるとともに、当該研究を支援した人、組織・機関などの貢献に対する評価を記す、論文の構成要素の1つです 。 論文の作成に実質的な貢献を行っていても、著者となる基準(オーサーシップ)を満たさない人やグループは謝辞に記載します。 謝辞には、技術的な面や執筆補佐などにおいて具体的な役割を果たした人や、間接的にサポートを行った人物やグループも含まれます。また、経済的な援助を行った団体が謝辞の最後に記されるのはよくあることです。原則として、そのように貢献者として記載される人物からは、あらかじめ謝辞への掲載許可を得ておかなければなりません。 なお、ジャーナルによって謝辞に関する基準が大きく違いますので、原稿を投稿する前に「Instructions for Authors」を参照してください。 以下に謝辞の典型例を挙げます。 I would like to thank R. Solleg for…

タイトル

読者がまず目にするのはタイトルです。タイトルが読者の関心をひかない限り、彼らはその先を読みません。それゆえ、対象読者を想定してタイトルを作成すべきです。タイトルには、論文の内容を正確に反映しながら、もっとも重要な要点を明確かつインパクト強く伝えるものが望ましいでしょう。また、検索によって見つけられやすいように適切なキーワードが含まれていればなおよいでしょう。

キーワード

キーワードとは、論文の内容を端的に表す語句のことであり、著者が判断して選ぶものです。通常は5、6語程度を選び、アブストラクトの直後に記載します。キーワードは研究者がウェブで論文を検索する際に使用されるので、適切なものを選べば論文へのアクセスが容易になり、多くの人に読んでもらえるチャンスが高まります。効果的なキーワードを選定する目安としては、以下の項目が挙げられます。 (1) 論文の重要なテーマを表す語句を選ぶ。 (2) 単語と短いフレーズに限る。 (3) できるかぎり名詞形を用いる。(たとえば「recovering errors automatically」ではなく、「automatic error recovery」と表記する) (4) 省略形は、一般的に通用するもののみを使用する。 (5) 複合語は、慣用的に使用されているもののみを使用する。…

アブストラクト

アブストラクトは、読者に論文の概要を簡潔に伝えながら論文そのものの宣伝の役割も果たします。 良いアブストラクトは、著者がその研究について最も伝えたいことを明確にかつインパクト強く提示し、読者の関心を引きつけながら論文の本文を読む上でのガイドとなります。そのためには簡潔性と正確性、双方の要素が必要とされます。アブストラクトでは、余分な情報を省き論文の核心だけを残して、研究成果の重要性を率直に述べるべきです。 アブストラクトには、研究目的、研究の背景、研究方法、論文の結果、その結果の重要性という5つの基本要素の簡潔な説明のみが含まれるべきであり、より詳しい情報は、本文中で述べられるべきです。アブストラクトしか読まずに論文を評価する人も多く存在しますので、その短い文章だけから研究の最も大切な部分が容易に理解できるように執筆する必要があります。 分量の具体的な目安として、アブストラクトが論文全体の分量の1割までという基準が一般的ですが、ジャーナルによって分量の制限がある場合もありますので、原稿を投稿する前によく調べることが必要です。また、アブストラクトの最初の250~300語のみを閲覧可能にしているオンライン・データベースも存在しますので、ご注意ください。 最後にアブストラクトを作成するうえで留意すべき点を挙げます。ウェブ検索のことです。論文の研究分野においてキーワードと思われる単語が4、5個ほどアブストラクトに含まれると、その分野の関連論文としてウェブ上で検索されやすくなります。

conceptとidea

名詞「concept」と「idea」はともにかなり似た意味を持つ語で互換性がある場合もありますが、学術的な面では同一の意味を持つ語として扱うことはできません。これらの語の間には主に3つの意味上の違いがあるためです。 1つ目は、「concept」の方が一般により抽象的な意味を持つ語として捉えられているという点です。そのため「concept」は科学や数学などといった抽象的な概念をよく扱う専門分野で頻繁に用いられます。 2つ目は、「concept」は厳密に記述できる対象を指す際により適切であるのに対し、「idea」は正確に記述できない概念やぼんやりした発想などを意味する対象を指す際によく使用されるという点です。 3つ目は、「idea」は語の持つ意味がかなり多く、「concept」にはない意味を豊富に持っているという点です。「concept」は通常、日本語で言う「概念」または「理解」に相当します。それぞれの用法を以下に示します。 (1) The concept of the infinitesimal limit played a key role…

compose, comprise, consist, constitute, form の違い

動詞「compose」、「comprise」、「consist」、「constitute」、「form」の意味は5語とも似ており、いずれにも「構成する」/「構成される」、「成す」/「成る」、「成り立つ」/「成り立たせる」という意味がありますが、正確な意味や用法は異なります。ここではそれぞれの動詞を使った例文とその違い を見ながら、5語の使い分け方を説明します。 ■ Compose The brain is composed of neurons and neuroglia. 「compose」は「consist」と同様、ある構成要素が合成物、複合体、集合体、集団などを作り上げるという状態を表しますが、そうした構成要素が何らかの「過程」や「手順」を経て合成物などを形成するようになったという意味も伝えます。 ■ Comprise This…

amongとbetween

前置詞¹ 「among」と「between」はいずれも「~の間」を意味しますが、2語の間には重要な違いが1つあります。 つまり、「between」は2つのものの関係、「among」は3つ以上のものの関係を述べる際に使われます。以下の文でそうした違いを例示します。 Between (1) A reaction between two unstable compounds resulted in an explosion.…

adaptとadopt

「adapt」と「adopt」はしばしば混同されます。 その際よく見られるのは「adapt」の意味を示すつもりが「adopt」を用いてしまうという誤りです。それぞれの動詞が持つ意味はかなり違うため、混同してしまうと深刻な問題が生じます。ここで留意すべきは「adapt」は基本的に「適応させる」、「適合させる」、「適用させる」、「適応する」という意味を持ち、「adopt 」は「採用する」、「選ぶ」、「取り入れる」、「受け入れる」という意味を持つということです。 以下の例文を比較して「adapt」と「adopt」の意味上の違いを明確にしてみましょう。 (1) We adopted this indirect measurement techni&que for use in in…

翻訳しやすい文章の書き方とは?

知り合いの研究者から「あの翻訳業者はいいよ! 早いし正確だし!」と聞いて自分の論文の英訳を依頼したら、あまりにひどかった・・・などという経験はありませんか? もちろん翻訳業者に問題があるケースも皆無とはいえないでしょう。医学論文翻訳を依頼したのに、翻訳者の専門が化学だった・・・などというケースは少なくありません。しかし、翻訳しにくい日本語の文章があることも事実なのです。では、迅速かつ満足のいく結果を得るためには、どんな文章が適しているのでしょうか? 今回は、「翻訳しやすい日本語の文章」の書き方を5つのポイントに絞ってご紹介します。 1. 主語・述語・目的語・対象物の所有格の明記 主語・述語・目的語・対象物の所有格は、英語の文章にはどれも必要不可欠なもの。ひとつでも欠けていると誤訳の原因になり得ます。日本語の文章を書くときはついつい省きがきですが、主語や述語、目的語、対象物の所有格が明確かつ正確な場所に書かれているか、いつも気にかけておきましょう。 2. 賛否の明記 英文では、各段落や論議の初めに、その事項に対して自分が肯定的な意見を持っているのか否定的な意見を持っているのかをまず明記し、それから議論を展開するのが一般的です。日本語の論旨の展開とは異なるので多くの方が戸惑う点ですが、YESともNOとも取れる婉曲表現を使って書き始め、最終的に自分の論点を導くような書き方は避けましょう。「起承転結」ではなく、「結承結」と覚えてください。 3. 短い文 1文(1センテンス)がやたらと長くなると、翻訳者は修飾語がどの言葉にかかるのかがわかりにくくなります。英文は通常1文2行程度で、3行以上は長すぎると覚えておき、日本語で書くさいにも「ぶつ切りだな」と思う程度に短くまとめましょう。 4. 簡素な文 日本語に比べると、英語などの欧州言語には、敬語的な表現があまりありません。そのため、婉曲表現の多くは翻訳作業の段階で削除されることになります。先行研究の批判など言葉遣いに気を遣うべきことを書いているときこそ、回りくどい表現を避けるよう気をつけましょう。 5.…

学術論文翻訳者を選ぶ5つのポイント

周知の通り、日本人だったら誰でも日本語の研究論文が書けるというわけではありません。それと同様に、バイリンガルだからといって、誰でも翻訳ができるというわけではありません。では、よい翻訳者を探すコツというのはあるのでしょうか? 第一に、英語圏での滞在暦があることを理由に翻訳ができるという人は避けましょう。このような人たちは、英語での日常会話には慣れているでしょうから、電話で話したり、メールのやり取りをしたりすると、「英語ができるな」という印象をもつかもしれません。しかし、論文に使われる書き言葉というものは特殊なもので、日常英語に慣れているからといって書けるというものではありません。 同様の理由で、翻訳ができる理由としてTOEICやTOEFLの得点が高いことをあげる人も避けたほうがいいでしょう。また、英語圏の大学の卒業資格がある人でも、翻訳をしてもらう論文と同じ専門分野を専攻していない限り、あまり意味がないと思われます。さらにいえば、英語での原稿執筆や編集の仕事に携わった経験がある人たちも、論文の添削作業は得意かもしれませんが、学術論文の翻訳ができるとは限りません。これらの経験が翻訳作業のマイナスになることはありませんが、それだけを理由に翻訳ができるといっている人たちには十分気をつける必要があるでしょう。 では、プロのレベルに達している翻訳者とは、どのような人たちのことを指すのでしょうか? 以下、5つの必要事項をキーポイントとして挙げてみました。 1. 翻訳スキルをつけるための専門的な訓練を受けている 2. 翻訳の実務経験がある 3. 翻訳に必要な専門知識を身につけている 4. 英語論文の出版経験がある 5. 言語学の知識を身につけている 最も心強いのは、やはり翻訳にかかわる専門的な訓練を受けたことのある翻訳者でしょう。しかしこのような人たちは思いのほか人数が少ないのが現実で、値段が上がるだけではなく、納期も長くなる可能性があります。そこで予算や時間に限りがある場合には、翻訳学校の卒業資格よりも、翻訳の実務経験があるかどうかを中心に翻訳者を選ぶことをお勧めします。また、実務経験が浅くても、翻訳をしてもらう論文の専門分野の知識がある翻訳者に依頼すれば、誤訳が減り、論文全体の質も高くなると考えられます。医学論文翻訳なら医学博士に、金融翻訳なら経済学博士に、といった具合に。このほか、ジャーナル(学術誌)に論文を投稿した経験のある人や、英語と日本語の表面的な違いだけでなく、言語としての根本的な違いを理解している、言語学の学位を取得している人も、翻訳に適した人材といえます。…

日本独特の概念の英訳:「ぬるま湯体質」ってどう訳す?

日本語から英語への翻訳をしていてしばしば困るのが、冗談と日本語独特の概念です。冗談というものは、思いのほかその社会にとって当たり前であることが反映されていることが多く、日本人の間では何の問題もなく通じるオチも、文化の違う英語圏の人にわかってもらおうとすると、何がどうして面白いのか、歴史や文化や生活形式を長々と説明せざるをえなくなることがあります。2ページにもまたがって説明を終えた後のオチでは、冗談の面白さも半分以下になっていまいます。 同様に、お茶席で抹茶の飲み方を説明するとき、“侘び”や“さび”などの日本特有の概念を表現する言葉が出てきたら、お茶席での礼儀についての話から脱線しない程度に、茶道とわび・さびとの関係を的確に要約して説明する必要があります。 このように冗談や日本語独特の概念が出てくると、翻訳者は「ここが腕の見せ所!」と思うわけです。 このような日本独特の概念のなかには、“侘び”や“さび”、“甘え”などのように、日本文化に興味を持っている人にはある程度知られている言葉も多くあります。そのような場合には、まずはwabi, sabi, amaeというようにローマ字で表記し、その初回に簡単な説明をするという方法がよくとられます。 しかし、“ぬるま湯体質”のように少し長めで、一般的に複合語と呼ばれる単語の場合、日本の文化として知られている概念でも、英語圏ではあまり使われない言葉もあります。また、長い言葉は覚えづらいため、wabiのようにローマ字でnurumayu taishitsyuと表記しても読者の記憶に残りにくく、全体に読みづらくてわかりにくい印象を与えかねません。そこで英語に訳す必要性が出てきます。 “ぬるま湯体質”を“ぬるま湯”と“体質”に分けて考えると、“lukewarm quality”とでも訳せばよいような気がしますが・・・。もともと“ぬるいお湯”がよくないものだという考えは、熱いお風呂につかってホッと一息つく日本人独特のものです。英語でも、a lukewarm responseといえば“気のない反応”という意味なので、まったく意味が通じないわけではありません。しかし、それが悪いことだというニュアンスはヒシヒシとは伝わってきません。 このように日本語独特の概念を英訳しようとして、行き詰まったとき役に立つのが・・・なんと国語辞典なのです! まずは“ぬるま湯体質”を国語辞典で引いて、言葉の意味を確認してみてください。“安楽な現状に甘んじて、のんきに過ごすこと。馴れ合いの関係”などという説明が出てくると思います。そこから逆に「馴れ合い」をキーワードに英語訳を探すと、cozyやup to fate、contentなど、さまざまな選択肢が見つかります。選択肢がいくつか集まったところで、日本語原文の論旨を最もよく反映する言葉を選べば、“ぬるいお湯”という概念に捉われない訳語が見つかるはずです。

最も翻訳が難しい研究領域とは?

医学や化学など自然科学、いわゆるサイエンスと呼ばれる分野の論文より、人類学や社会学など、人文・社会科学系学問の論文のほうが、翻訳や校正に時間がかかる傾向があります。これは、文章が端的で論点を1つひとつたどりやすいサイエンスの論文に比べ、人文・社会科学系論文は、文章が饒舌になりがちなことに起因するともいえます。 また、文学作品の翻訳などでは、英語力もさることながら日本語の読解力も求められます。余談ですが、以前、とある日本人有名作家の文学作品の英訳を依頼された訳者が日本人の友人に「どうしてもこの文の主語がわからない」と泣きついたことがありました。その訳者はプロの文学専門の翻訳家とはいえアメリカ人。文学作品が大好きでその作家の作品も多く読んでいた友人は、簡単に彼の “難題” を引き受けたのですが・・・。 わからなかったのです! 同じページに出てきている登場人物はたったの2人。しかし、どちらを主語にしてもなんだかシックリときません。そこで、その周辺で出てくる物が擬人化されているのではないかと、あれこれ2人で頭をひねりましたが、それでも納得できませんでした。 最終的には、彼らは著者に連絡を取り、数十ページ前に1回出てきた “主人公が夢に見た人” が主語になるのだと知らされ、謎を解決することができました。彼らは「そういわれれば、そうだよな」と納得し、また日本人の友人は、そこでその人物が回想されることで作品に深みがでてくるのだ、と素人ながらに感心したといいます。しかし同時に「すみません。この文の主語はなんですか?」と聞かなければならなかった翻訳者に対し本当に申し訳なく、「日本人失格といわれたような気持ちになったのを覚えている」といいます。 文の構造や論理の構造の違いもさることながら、人間の行動や文化を説明するくだりは、翻訳者として相当の技術と労力が求められます。そのため、文学のみならず、歴史学、芸術学、法学なども翻訳が難しい分野に含まれます。 そして「翻訳が最も難しい究極の領域は?」は聞かれれば、「専門分野に関わらず “冗談” が分析に含まれた論文だ」と答える翻訳者もいます。シェークスピアに関する研究論文であるにしろ、笑いに関する心理学の論文であるにしろ、文化と歴史と社会と言語のゴッタ煮である冗談は、最大の翻訳者泣かせなのです。

「オープンアクセス」の“オープン度”の違い

オープンアクセスの種類 インターネット上で公表され、誰もが無料で読むことのできるオープンアクセス・ジャーナル。近年、その存在意義が注目され続けていますが、実は、その「オープン」度にはかなりの差がみられます。今回は、よくあるタイプをいくつかあげてみます。参考文献を探すとき、または自分の論文を発表するジャーナルを探すときに、参考にしてください。 1.完全にオープンなもの オープンアクセス・ジャーナルというと、多くの人が想像するのがこのタイプの雑誌ではないでしょうか? 実際に、近年創刊された新しいジャーナルには、雑誌の内容をその巻頭から巻末まで、すべてオンラインで閲覧できるようにしているものが少なくありません。PlosやBioMedCentralが発行するジャーナルのほとんどがこれに当たります。しかし雑誌発行のための運営費を確保することなどを理由に、オープンアクセス・ジャーナルといわれることはあるものの、以下のような制限を設けているケースもみられます。 2.投稿された研究論文のみオープンなもの 投稿された研究論文のみ閲覧でき、新しい出版物のレビューなど、論文以外の掲載記事へのアクセスを制限するタイプです。自分の研究に関係のある最新の研究結果を探すのには、これで十分でしょう。 3.投稿された研究論文の一部のみオープンで、他の論文にはアクセスできないもの 限られた研究論文のみオンラインで無料閲覧できるというタイプです。関心のある論文がたまたまオープンアクセスになっていればいいのですが、そうでなければ、今までどおりに雑誌を購入しなければ閲覧できません。どの論文がオープンアクセスになるかは、論文の筆者ではなく雑誌の編集者が決める場合が多いようですので、このような雑誌に投稿する場合は、オープンアクセスの選出方法を事前に編集者に確認したほうがよいかもしれません。 また、「オープンアクセス・オプション」といって、投稿者が1000ドルから3000ドル程度の掲載料を払うことによって、自分の論文をオープンアクセスにすることができるジャーナルもあります。 このように特定の論文だけがオープンアクセス化されているジャーナルを「ハイブリッド・オープンアクセス・ジャーナル」と呼ぶこともあります。 最近の傾向としては、社会的に関心が高い論文は、掲載誌がオープンアクセス・ジャーナルでなくても、オープンアクセス化されることが多いようです。京都大学の山中伸弥教授がiPS細胞の作成成功を2006年に報告した論文は、『セル(cell)』で初めからオープンアクセス化されて公開されました。また、小保方晴子・理化学研究所ユニットリーダー(当時)が「STAP細胞」の作成成功を2014年に『ネイチャー』で報告した論文は、当初は購読者しか読めませんでしたが、研究不正が疑われ、世間の注目が集まってからオープンアクセス化されました。 発行当初は投稿された研究論文の一部のみオープンで、後日、すべての論文にアクセスできるようになるもの 前述のタイプと似ていますが、雑誌の発行当時には自由に閲覧できなかった論文が、一定期間を経てすべて閲覧できるようになるという点が違います。このタイプのジャーナルでは、1年から数年以上経った古い号が公開対象となる場合が多いようです。どのくらいの期間を経てオープンになるかはジャーナルによって違いますので、最新の論文を探すときや自分の論文を投稿するさいには、その点に十分気をつける必要があります。 発行当初はオープンでないものの、少し遅れて雑誌全体がオープンになるもの 最新の論文は購読者しか読めなくても、一定の期間を経て、ジャーナル全体がすべて無料で閲覧できるようになるタイプで、長年にわたって発行を続けている学会誌に多く見られるようです。こちらも上述のタイプと同様に、どのくらいの期間を経てオープンになるかはジャーナルによって違います。…

absorptionとadsorption

名詞「absorption」と「adsorption」はよく混同されます。ここでこれらの科学用語としての定義を挙げ、正しい用法を例示します。 absorption: (i) 生物学:物質が拡散によって細胞膜を通り、細胞の内部に入るプロセス。 (ii) 化学、物理学:ある物質が異種の物質を吸収するプロセス。 (iii) 物理学:ものがエネルギーを吸収するプロセス。 以下に「absorption」およびその動詞形「absorb」の正しい用法を例示します。 (1) We study the absorption of…

定期購読型とオープンアクセス型ジャーナルの未来

自分の論文の投稿先を考えるとき、そのジャーナルの現在の知名度もさることながら、将来への継続的な知名度も気になります。そのためか、従来型の定期購読者に配布されるジャーナルと、新進気鋭のオープンアクセス型のジャーナルと、どちらが将来性があるのかという声をよく聞きます。 出版までのプロセスが迅速に行われ、インターネットさえあれば自由にアクセスできるオープンアクセス・ジャーナルは、研究者の時間的負担を軽減し、視野とネットワークを広げるという大きな利点があります。そのため従来型の学会誌の中にも、ジャーナルの一部オープン化や出版から一定の期間を経てのオープン化など、 何らかの形でオープン化を取り入れていこうとする傾向が見られるようです。 「オープンアクセス・オプション」といって、投稿者が1000ドルから3000ドル程度の掲載料を払うことによって、自分の論文をオープンアクセスにすることができるジャーナルもあります。また、アメリカ微生物学会(ASM: American Society for Microbiology)の発行する雑誌の論文は発行4カ月後に、コールドスプリングハーバー研究所出版(Cold Spring Harbor Laboratory Press)の発行する雑誌の論文は6カ月後に無料公開となります。 また、ジャーナルのオープン化は、自分の研究の成果をより早く、より多くの読者に読んで欲しいという研究者の願いをかなえることに大きく貢献しています。昨今ではそのスピードをより高めるために、ピアレビュー(査読)前の論文や、使用されたデータなどを出版前に一般公開するオープンアクセス・レポジトリー(Open-Access Repositories)を設けているところも少なくありません。この傾向は従来のクローズド・アクセス・ジャーナルにも見られ、出版されるジャーナル自体はオープンでなくても、ジャーナルのウェブサイトを通して、研究者が自由に自分の論文や使ったデータをアップロードする手助けをするところも見られます。 しかしすべてのジャーナルがオープンアクセス化するまでには、まだまだ時間がかかるでしょう。定期購読費を取らないオープンアクセス・ジャーナルでは、その運営費を安定的に確保することが困難なため、1000ドルから3000ドル程度の掲載料を投稿者に課すことが普通です。また、突然の廃刊に見舞われたりするケースもあります。この点では、従来のジャーナルのほうが、より安定しているともいえるわけです。…

引用符 ( クォーテーション )

引用符とは、会話や他からの引用を示すために付ける記号のことで、日本語のカッコ(「」)にあたります。クォーテーションマーク(quotation marks)とも表記され、「ダブルクォーテーションマーク(二重引用符)」と「シングルクォーテーションマーク(一重引用符)」があります。ここでは、クォーテーションマークの用法のうち主なものを取り上げます。 1. シングルクォーテーションとダブルクォーテーション 英語の引用符、シングルクォーテーション(一重引用符)とダブルクォーテーション(二重引用符)の使い分け方については厳密なルールはなく、また、イギリス英語とアメリカ英語でも標準的な用法が多少異なります。それゆえ、正しい用法と誤った用法との区別はありますが、使い方に関してはある程度の自由があります。最も重要なことは使い方の一貫性です。 2. 自己言及 次の文を見てみましょう。 (1) The English word “science” comes from…

ハイフン

ハイフンには主な用法が2つあります。ここでは、まずそれら2つの用法を個別に扱い、次に特殊な用法をいくつか示し、最後によく見られる誤用例を取り上げます。 1. 接頭辞との併用 接頭辞の後に語幹が組み合わさった語、つまり「[接頭辞]+[語根]」という構造を持つ語は多く存在します。その中でも接頭辞と語根の間にハイフンが挟まれる語は、決して一般的ではありませんが、多数存在します。英語の「センス」でハイフンの必要性の有無が理解できる場合もありますが、ハイフンを入れるか入れないかについては厳密な規定はなく、同類の語でもハイフンを使う場合と使わない場合があり、区別の基準が明らかでないことも多いのです。そうした場合、ハイフンは慣例的に用いられることとなり、その慣例が時間とともに変わることもよく見られます。 したがって、それぞれの場合において確実にハイフンの正しい用法を判断するためには現代の辞書を調べるしか方法がありません。しかし、ハイフンがほぼ確実に必要なケースもいくつかあり、以下がその代表的な例となります。 [1] 接頭辞の最後の文字と語根の最初の文字が同じ母音 例:「re-examine」、「anti-intellectual」、「ultra-advanced」、「semi-infinite」 [2] 使用頻度が低い言葉(特に辞書に載っていない語) 例:「semi-colonial」、「non-descending」、「post-interdisciplinary」、「quasi-differentiable」 [3] 語根が大文字から始まる 例:「non-Japanese」、「pseudo-Keynesian」、「inter-European」、「post-Einstein」 [4]…

セミコロン

コンマとピリオドと同様、セミコロンの主な役割は文章と文章の間に「距離」を置くことです。文法の面からは2通りの使い方が挙げられます。 1. 文章の区切り 1つ目の用法ではピリオドと同様、2つの完全文を分ける役割を果たします。この用法において、セミコロンとピリオドとの違いは、それぞれが示す文と文の間のつながりの直接性にあります。要するに、セミコロンはピリオドと比較して文章と文章の間のより直接的なつながりを示します。そのため、前の文と後の文が互いに補足的なアイデア、あるいは合わせて1つのアイデアを表す場合には、セミコロンを使用する方が適切です。以下にセミコロンの使用例を示します。 (1) The implication of this result is not what it may…

コンマ

ここではコンマの主な用法を扱います。 1. 序論 コンマの持つ意味はピリオドやセミコロンと似ており、その基本的な役割は文章と文章の間に「距離」を置くことです 。コンマによって文中に間隔が生じることにより、その前後の文章が切り離され、それぞれの部分がある程度独立した意味を持つようになります。以下でこうしたコンマの役割について、いくつかの具体例を挙げて考察します。 2. 「[従属節], [独立節]」というパターン 従属節が独立節に先行する場合にはその間にコンマが必要です 。 (1) If you take this…

音楽、映画、そして今、学術雑誌へ

音楽や映画などの娯楽の世界と学問発表の場としてのジャーナル(学術雑誌)の世界。まるで接点がないように思われますが、実はその根底には「デジタル化による仲介役の排除」という大きな共通点が見られます。 音楽を記録したもの、すなわち「レコード」は、比較的最近まで、現在では「ビニール盤」などと呼ばれるアナログ録音のものが主流でした。いまでも「レコード(記録)」というと、アナログ録音のビニール盤のことを意味することが多いようです。しかし1980年代にデジタル録音が多くなってくると、それを収めた媒体としてCD(コンパクトディスク)が普及しました。その後、インターネットが普及してくると、デジタル録音した音源がインターネットを通じて配信されるようになりました。とりわけ2003年にアップルがiTunes Music Storeをスタートさせたことがそのトレンドに拍車をかけました。アメリカでは、有料配信の売り上げがCDのそれに追いつこうとしています。日本では、CDの売り上げは落ちているものの、有料配信はそれほど伸びていないのですが、おそらく将来的にはアメリカのようになるでしょう。 映画についても同様です。記録媒体はフィルムからVHSなど磁気テープへ、DVDなどの光ディスクへと変遷し、いまでは音楽と同じように、インターネットでの配信が普及し始めています。アメリカのレンタルDVDの大手「ブロックバスター」は2013年、経営悪化のためほとんどの店舗を閉鎖し、インターネットでの配信に力を入れていくことを発表しました。 学術出版業界もまた、音楽業界や映画業界と同じことを経験しつつあります。 ごく少数のお金持ちの所有物であった「最新のデータ」や「より深い知識」が、それらに興味を持つ不特定多数の人たちへと行き渡るようになったのには、専門のジャーナルの功績があげられます。このためジャーナルの出版はある時期まで、多くの研究者たちのボランティアで支えられてきました。そしてジャーナルの出版の多くが資本主義に飲み込まれ、民間企業が行うようになった今でも、査読は、選ばれた同業の研究者による無料奉仕によってまかなわれるのが一般的です。 しかし、インターネットが家庭で当たり前のように使えるようになった今、よりすぐれた研究結果を、より早くより多くの人たちに読んでもらうためにベストな方法は、大きな転換期を迎えています。 音楽業界や映画界が、大手レコード会社や映画会社による寡占に対する非難を浴びて、不本意ながらBitTorrent(ビットトレント)などのファイル転送ソフトウェアの普及に拍車をかけてしまったのと同様、現在、ジャーナルの出版社に対しても、出版権を独占し、利益優先をしすぎているという批判が日々高まりつつあります。そしてその反発として、学術出版のオープンソース化(オープンアクセス化)が注目を集めています。 多くの研究が、何らかの形で税金から捻出された助成金や補助金を使って行われています。それにもかかわらず、その研究結果が、資金の豊富な大学や企業に所属する選ばれた人たちしか閲覧できないのは不公平であり、学問の進化を妨げていると批判されても仕方がないでしょう。しかもジャーナルの購読費が、有名大学ですら捻出できないほど高騰しているとあっては、学問の進化が止まってしまうのではないかという危惧も一笑に付せなくなってきています。 そのためアメリカでは、大きな大学の図書館が主体となって、学術研究論文のオープンアクセス化が急速に進んでいます。著名な学者によるジャーナルの査読ボイコットなども後押しして、この流れはこれからどんどん加速していくと思われます。2007年12月、アメリカでは、国立衛生研究所の予算で行われた研究の論文は、発表後1年以内に無料でアクセスできるようにしなければならないこと、すなわちオープンアクセス化の義務づけが法制化されました。アメリカだけではありません。2013年8月には、欧州委員会の調査によって、2011年に公表された論文からランダムに選んだサンプルのうち約50%が2012年末までにオープンアクセス化されていることが明らかになりました。 音楽業界や映画界が体験したように、学術研究発表の世界でのデジタル化も多くの反対や抵抗を体験し、その世界で活動するすべての人たちに大きな変化を強いることになるでしょう。将来への道を模索する中では、多くの失敗もあるかもしれません。しかし現時点でいえることは、オープンアクセス化は回避できないということです。流れに乗り遅れぬよう、大学の図書館員と情報を共有しあいながら、いつも最新の動きに敏感でありたいものです。

コロン

1. 正しい用法 コロンは、文法的にはピリオドと同様に文の終わりを表す役割を果たしますが、その意味はピリオドと異なり、前の文と後の文との特別な関係を示します。つまり、[XXX]: [YYY]という形の構文において、[XXX]と[YYY]に挟まれる「:」が示すのは、「[XXX]という文の役割は[YYY]の内容を導入し、目立たせること」だという意味です。そうしたコロンの典型的な用法を以下に示します。 We need the following ingredients: flour, eggs, milk, sugar and salt.…

新しいタイプの査読

一般的な査読誌(査読のあるジャーナル)では、編集委員会が事前に選出した功績のある研究者たちから、投稿されてきた論文1つひとつに適した研究者が数名ずつ選ばれ、論文の査読(ピアレビュー、Peer-Review)が行われます。この方法は、ジャーナルに掲載される論文の品質向上や品質管理に欠かせないものと考えられてきました。しかし、これまで行われてきたこの査読という制度について、その過程に費やされる時間やコストの上昇、また出版後に研究者間で意見の交換をする場がないことなど、さまざまな欠点が指摘されており、新しい方法を開拓しようという動きが見られます。そこでこの記事では、新しい査読方法をいくつか取り上げて紹介してみます。 投稿前レビュー(プレ査読) 研究者が投稿前に、何らかの形で自分の論文の査読を誰かに依頼することです。その研究分野で功績のある研究者が、若い研究者から頼まれて、まだ草稿段階の論文を読んで意見を寄せることはよくあることです。この投稿前レビューは、本を出版するときにもよく行われることです(「あとがき」にそのことが書かれていることがしばしばあります)。最近では、この方法をジャーナルにも取り入れようという動きがあります。コーネル大学のarXivなどがそのいい例ですが、正式に投稿する前の論文をインターネットで掲載し、そのサイトを見た人たちから意見を求めるのです。また、投稿前のレビュー(プレ査読)をサービスとして提供する会社も出て来ました。 掲載後の読者による意見交換 ジャーナルの編集部が主導する査読を割愛し、読者にゆだねる方法です。ここでは編集部によってある程度の品質管理は行われるものの、基本的には誰でもジャーナルのウェブサイトに論文を投稿できます。査読は、ウェブサイトを訪れた誰もがコメントを残すという形式で行うことができます。 読者による意見交換後の掲載 読者による査読を経て、編集部が掲載を決定する方法です。投稿された論文は、編集部が主導する査読を経ずに、まずジャーナルのウェブサイトに公開されます。それを読んだ読者は、自分の名前を明記すれば誰でも、その論文に対する意見や評価を書き込むことができます。編集局はこれらの読者の反応を考慮して、どの論文を実際の学会誌に掲載するかを検討します。 掲載直前の一般公開による意見交換 ジャーナルの編集委員会による選抜を経たうえで、オンラインで不特定多数の人からの査読を受けてから、掲載を決める方法です。編集委員会の選抜を通過した論文は、まずジャーナルのウェブサイトに掲載されます。ここでは一定期間、インターネットを通して、無記名で不特定多数の読者が査読者として、論文を書いた研究者と意見交換をすることができます。この期間が終了次第、研究者はもう一度論文の推敲を行い、その語、ジャーナルでの掲載にいたります。 投稿前および後の査読 従来通りの編集委員会による査読を経て、読者の意見を聞くことができる形式で掲載される方法です。従来の「掲載されてしまったらそれでおしまい」といった形式から、「掲載された後がおもしろい!」といった形式に進化したものだといえるでしょう。査読過程を経て掲載された論文は、オンライン上のフォーラムで、意見交換の場が提供されることになります。『PLoS One』がそのよい例です。 以上のほかに、「Pubpeer」などジャーナルとは独立したウェブサイトで、読者による意見交換(掲載後査読)が行われることがあることも、研究者なら知っておきたいところですね。

「インパクト・ファクター」の基礎知識まとめ

インパクトファクター どのジャーナルに投稿しようか?」ということを、インターネットで調べ始めると必ず目に留まるのが、「インパクト・ファクター(Impact Factor: IF)」という言葉です。インパクト・ファクターとは、「文献引用影響率」とも呼ばれるように、ジャーナル(学術雑誌)の影響力を、引用される頻度で測る指標です。 今回は、「インパクト・ファクター」を取り巻く世界をご紹介したいと思います。 トムソン・ロイター社 (Thomson Reuters) 1960年にユージーン・ガーフィールド博士によって創設された科学情報研究所(Institute for Scientific Information: ISI)は、50年以上に渡ってインパクト・ファクターを集計および発表してきました。その後、何度かの買収を経て、2008年4月以降はトムソン・ロイター社として、自然科学と社会科学関連の幅広い情報を有料で提供してきました。現在でも、インパクト・ファクターについて調べるとISIという言葉がよく併記されていますが、これは現トムソン・ロイター社のことです。 サイエンス・サイテーション・インデックス (SCI:…

論文執筆に便利なソフトやウェブサービス

日本の70代の人に聞くと、コンピュータに触ったこともないという人がかなりいます。それに比べると、アメリカでのコンピュータの普及度は目を見張るものがあり、80代の人たちでもメールアドレスを持ち、フェイスブックでコメントするのが趣味という人たちに多く出会います。 そんなアメリカだからこそ、英語で論文を書くためのソフトウェアも、無料のフリーウェアからかなり高額なものまで、数多く出回っています。もうすでにいくつもの種類をお使いの人もいると思いますが、今回はひと通りどのようなものがあるのかを見てみたいと思います。 構成 博士論文や本などの長編を執筆するときは、全体の構成を決めるだけでも大変な作業です。それを手助けするのが「Scrivener」や「StyleEase」など、一般に“Paper Format Software”と呼ばれるソフトウェアです。入力したアイデアを、Microsoft Wordなど、他のフォーマットに変換する機能を持つソフトウェアもあります。 スペルミスや類義語 ご存知の通り、Microsoft社のWordやOpen Officeでは、英語のスペルを間違うとその場で警告してくれる「文章校正」機能があります。これらは通常の書類作成にはたいへん便利ですが、専門用語の多い学術論文では十分だとはいえないのが事実です。そこで、スペルが苦手という研究者のためにつくられたのが、各分野をターゲットにした文章校正ソフトウェアです。たとえば医療分野だったら「Medical Spell Check」などがあります。インターネットで自分の分野をキーワードに探すとよいでしょう。 また英語では、同じ動詞や形容詞を繰り返し使うことを嫌うため、類義語を探してくれる機能もあります。この機能は、Microsoft社のWordやOpen Officeにも掲載されていますが、もう少しパワーアップしたければ、「WhiteSmoke」など“Grammar Checker…

思わぬところに見られる「利益相反」

一研究者として何よりも大切なことの1つとして、客観性の高い研究を行うことがあげられます。そのためにも、自分の研究方法や分析方法に影響を与えかねない要素には、常日頃から注意を払う必要があります。この「自分の研究に何らかの影響を与えかねない要素」のことを、英語ではよく「conflicts of interest(利益相反)」事項と表現されます。「利益相反」というと、賄賂をもらったり買収されたりすることがまず頭に浮かびますが、研究を長く続ければ続けるほど、思わぬところに落とし穴があるものです。ここではよく遭遇する利益相反を4つ挙げてみました。このような場面に遭遇することのないよう、また予期せず遭遇してしまったら、関係者に相談したり利害の対立があることを即座に公表したりするなど、早急に対応をするよう努めましょう。 1. 金銭 前述の賄賂や買収がこれに当たります。お金のために自ら買収される研究者に関してアドバイスできることといえば、「よい弁護士とお友達になっておいたほうがいいですよ」といったところでしょうか? しかし実際には、買収されたり賄賂をもらったりしたつもりがないのに、気がついたらそういうレッテルを貼られてしまっていた、というケースのほうが多いのではないでしょうか? 研究の規模が大きくなればなるほど、いろいろな所から資金が調達されてきます。そのなかには、あなたの研究で特定の結果が出た場合、直接的または間接的に何らかの利益が出る個人や会社や機関があるかもしれません。研究に没頭したい気持ちはわかりますが、自分の研究の信頼性を揺るがさないためにも、資金がどこから出ているのか、いつも注意して確認することが必要です。 多くのジャーナルでは、論文の一部として研究資金がどこから出ているかを明記するよう規定しています。この場合には、金銭に限らず、物品の貸し出しなどどのような形式であっても、そしてどんなに小額でも申告することをお勧めします。もしジャーナルの書式規定として要求されていなくても、「謝辞(acknowledgement)」というかたちで論文の最後に出資元を書いておくほうがよいでしょう。問題は資金を受け取ったことではなく、それを隠したり、それによって影響を受けたりすることだということをお忘れなく。 2. キャリア 自分のキャリアのために、研究者としての行動に客観性を失ってしまうこともあります。 とくに査読者に選ばれたときや、大小にかかわらず学術雑誌の編集委員になった場合には、この点に十分注意を払うことが必要です。 通常、査読者は論文を書いた研究者の個人情報を知らされません。しかし論文の書き方や引用されている文献から、書き手のことがある程度わかってしまうことがあります。自分と同じ分野の同じような研究をしている人の論文を読むときも、違う分野の研究をしている人の論文を読むときも、同じように厳しい目で審査をするよう心がけてください。 とはいっても、「ライバルの論文を読んでベタ褒めする気にはなれない・・・」と思ったら、 編集部に簡単に事情を説明して指示を仰いだり、「客観的に読むことができないので」といって、査読を辞退したりすることも可能です。編集部が最も避けたいのは、ジャーナルの編集に何らかのかたちでかかわった人たちが、自分のキャリアへの利害相反関係を隠すことです。 3.…

国際ジャーナルと国内ジャーナル

「国際ジャーナルと国内ジャーナルの違いは?」と聞くと、多くの人が「国際ジャーナルは英語の論文が掲載されており、国際的に認められている。対して国内ジャーナルは日本語の論文が掲載されており、国際的にはあまり知られていない。国際ジャーナルのほうが国内ジャーナルよりも名声が高い」と答えます。本当でしょうか?ここで、この2種類のジャーナルの違いについて考えてみましょう。 国際ジャーナルと国内ジャーナルの違いは、その配布先の違いだけです。つまり、仮に日本在住の日本人の研究者から投稿された、日本語で書かれた論文のみを掲載しているジャーナルでも、もしそれが複数の国にまたがって配布されていたら、国際ジャーナルということになります。逆に、世界各国の研究者から投稿された論文を掲載していても、配布が一国内に留まっていれば国内ジャーナルということになります。 たとえば医学一般を扱うジャーナルで名が知られているものとして、『ランセット』、『ニューイングランド医学雑誌(NEJM)』、『アメリカ医師会雑誌(JAMA)』などがあり、国内ジャーナルでは『日本医師会雑誌』が挙げられます。また各大学、各学部が発行している『紀要』なども実質的に国内ジャーナルでしょう。 一昔前までは、世界各国の研究者から論文が投稿されてくるようなジャーナルはすべて、知名度が高く、さまざまな国で配布されるものでした。「国際ジャーナルは、国際的に認められた、より名声の高いジャーナルのこと」という認識はここからきていると思われます。しかし、これからの学術論文の出版はインターネットなどを通じて、よりオープンになっていくことが予想され、名声や信頼度にかかわりなく、すべてのジャーナルが国際化していくと考えられます。そのような状況に加えて、あるジャーナルを国際ジャーナルと呼ぶか国内ジャーナルと呼ぶかは、そのジャーナルの編集部が決めることなので、誇張されて国際ジャーナルと呼ばれるものも多くなることが予想されます。 このような状況を踏まえ、今後はこれまでよりも、「国際ジャーナル 対 国内ジャーナル」という二項対立は薄れ、「国際ジャーナルに出版したほうがいい」という従来の常識は少しずつ通用しなくなり、インパクト・ファクターなどを参考したジャーナル選びが不可欠となっていくと思われます。 では、日本語で書かれた論文のみを掲載する国内ジャーナルはなくなっていくのでしょうか? 国内ジャーナルの最大の利点は、国際ジャーナルと比べて、自分の研究論文の読者と実際に会うチャンスが比較的高いということではないでしょうか? 国際ジャーナルに論文が掲載されたほうがより多くの読者に読んでもらえるかもしれませんが、実際にはそのうちの何人が、あなたの研究にコメントをしてくれるでしょうか? 国内の学会などで実際に何度も顔を合わせて話をする。そうした相互交流(インターアクション)から次の発見と疑問が生まれるものです。より多くの人へ情報を発信するのも大切ですが、研究者として最も糧になるのは相互交流です。インターネット上の学術雑誌でも、ブログやコメントという形で研究者間の相互交流を促そうとしていますが、まだまだ実際に顔を合わせてなされる会話に取って代わるレベルまでには達していません。そのため今後も、ジャーナルの国際化が進む中、国内ジャーナルの必要性も失われないでしょう。研究者にとっては、今まで以上に国際ジャーナルと国内ジャーナルのどちらをも最大限に利用する才が求められることになりそうです。

論文の ピアレビュー (査読)レポートとは?

昨今、研究論文の書き方を解説するガイドブックはたくさん出版されていますが、査読レポートの書き方に関しては、まだまだあまりよく知られていません。そこで今回は、査読レポートを書くときの注意点をまとめてみました。 まだ査読を依頼されたことのない人も、「自分には関係ない!」などといわずにご一読ください。ときとして査読者は、投稿論文とジャーナル編集部を結ぶ唯一の「点」となりえます。査読者からジャーナル掲載の推薦を得るためも、自分の論文がどのように評価されていくのかをよく理解するチャンスです。 1. 書き出しには必要事項を忘れずに 自分の名前およびメールアドレスとともに、査読をしている論文のタイトルと著者名も忘れずに明記してください。また、もし編集局より「manuscript number(原稿番号)」を教えられていたら、それも書きましょう。 2. レポートの目的を常に意識すること 査読レポートは、投稿された論文に対する査読者の見解を、その論文を読んでいないかもしれない編集者へくまなく簡潔に伝えることが第一の目的です。研究に欠陥はないか、分析が詳細に渡って行われているか、仮説から研究結果まで一貫性があるか、また論文が読みやすく書かれているか、広範囲に渡って評価をしましょう。その際、ただの感想文にならないようにするために、自分の意見を述べるときにはどうしてそう思うのか、論文から具体的な箇所を引用しながらまとめるようにしましょう。 3. 論文の質を高めるための査読を 査読に慣れない人は、どうしてもその研究の欠点や不足している点に注目しがちです。査読を依頼されたら、現実的な制限を考慮したうえで、その研究の斬新さと質、学会における重要性や問題性を評価しましょう。査読とは、いかに専門分野のことを熟知し、一論文内の不足点をいくつ見つけられるか、といった“査読者の実力テスト”ではないということをお忘れなく。 4. レポートの書き方 その論文の問題点(改善が必要な点)を簡潔にまとめてください。題名からアブストラクト(要約)、背景、方法、結論、ディスカッション(課題)に至るまで、すべての部分について問題点がないかどうかチェックしてください。書き方は箇条書きでかまいません。コメントすべき部分が書かれているページの番号を併記してまとめると、著者にも編集者にも読みやすい査読レポートができます。…

査読者の苦悩

国際的に認められた学会誌の査読者になるのは大変なことですが、その任務を全うするのはもっとたいへんなことです。自分の研究や家庭のこともあり、無償の査読の仕事が二の次になることもあるでしょう。ジャーナルの編集者のなかには、査読者が「もうすぐ終わるから」といい続けたため、他の査読者に依頼することもできず、半年以上もズルズルと査読作業が長引き、投稿してきた研究者には怒られ・・・という痛い思いをした人もいます。このようなことがないようにするためにも、いったん査読を引き受けたら、不必要な負担がかからないよう、気をつけましょう。 査読作業にはとくにマニュアルがあるわけではなく、自分に適した方法を作り出していく必要があります。以下、さまざまな人たちの意見を取り入れた提案をさせていただきます。 1. まず、大きな問題から取り組む まずは論文を一通り読み流して、掲載を考慮するべきか却下するべきかを決めましょう。そのジャーナルの傾向とまったく違う、研究方法に穴がある、または表現があまりに稚拙であるなどの理由で、掲載の却下(リジェクト)を編集部に提案するなら、これ以上時間を費やす必要はありません。 2. 掲載可能だが大きな問題がある場合 一通り読んだ後、掲載は可能だが、分析方法や結果への導き方に大きな問題があると思われた場合には、その点に気をつけて、もう一度論文を読みましょう。このさい、編集部への提案理由が書けるように、必要事項とページ番号をメモしましょう。 3. 大きな問題もなく、掲載できる この場合には、もしあなたに時間の余裕があれば、関連する先行研究の文献を紹介したりするなど、より細かい指導をしてあげたいものです。しかしこれはあくまでも「あなたに時間があれば」の話です。迅速に対応できない場合は、細かな指摘は避け、どうして掲載に値すると思うのか、その理由を簡潔に述べて編集部に報告しましょう。 4. 報告書は箇条書きで 日本人の私たちの場合、英語で「報告書」を書くだけで大変な作業です。最初に、自分の名前と査読した論文のタイトルおよび著者名を明記したら、自分がその論文の掲載を、(1)推薦しない、(2)条件付きで推薦する、(3)無条件で推薦する、かを書きましょう。理由は箇条書きでかまいません。その際、各箇条書きの最初か最後に、該当するページ番号を書けば、編集部の作業も軽減されますのでお忘れなく。

学術論文の出版における倫理

2014年、日本の学術界は、理化学研究所の若き研究者が起こした研究不正に揺れました。「STAP細胞」と呼ばれた画期的な細胞の作成がトップジャーナルである『ネイチャー』で報告されたのですが、多数の研究不正が疑われて、論文は撤回されました。 今回は、学術論文を出版するさい、とくに気をつけなければならない「倫理」について考えてみたいと思います。 1. 著作者の権利(オーサーシップ、Authorship) 学術論文を書くにあたり、誰の名前をどのような順番で記すのかということは、今後の予算獲得などにも影響を及ぼす重大な問題です。そこで、研究を始める前から、誰がどのようなかたちで研究に参加または助力したかを書きとめておく習慣をつけましょう。また学術雑誌によって、「principal investigator(研究責任者)」や「senior researcher(主任研究者)」などという表現を使って、その研究の責任者を明示するよう求めてくる場合があります。とくに共同研究をする場合には、誰がどのような責務を負うのか、適宜話し合いを繰り返して、誤解のないよう進めたいものです。 STAP細胞をめぐる問題では、責任者として名前を連ねているはずの研究者が、責任逃れとしか思えない発言をするなどして、批判されました。なお何も貢献していない研究者の名前を、論文に「箔」を付けるために著者に加えることを「ギフトオーサーシップ(贈り物としての著者名)」といい、近年、問題になり続けています。 2. 重複出版(Duplicate Publication) 同じ研究の結果を使っても、論点や主旨が違えば複数の学術雑誌に投稿・掲載が可能です。しかし、英文校閲を行って言葉使いを大幅に変えたり、グラフや写真を追加したりするだけでは、違う論文とはいいかねます。もし同じ研究結果を元に論文をいくつか執筆する場合は、問題を避けるためにも、先に出版された論文があることと、その論文との違いを明確に示すことをお勧めします。 3. 捏造と改竄、盗用(Fabrication, Falsification…

被験者の人権保護と“Do the Right Thing”の難しさ

第二次世界大戦中のナチスによる人体実験を教訓に生まれた「被験者の人権保護」という思想は、その後、医学実験における人権保護を念頭に、70余年の月日を経て、現在のかたちへと一般化されてきました。たとえば世界医師会が制定した「ヘルシンキ宣言」などがその一例です。その内容の多くは、「研究者は、被験者が実験に参加するかどうか決める前に、その実験のあらゆるリスクについて説明しなければならない」とか、「被験者の個人情報は守秘されなければならない」など、現在は常識化し、実験にかかわらない一般人にもよく知られている事項が少なくありません。 しかし、簡潔にみえる被験者の人権保護も、実際に研究を始めると一筋縄では行かないのが現実です。国内でごくまれな難病を背負った人に実験参加を依頼した場合、「50代女性」といっただけで誰のことかわかってしまうこともあるでしょう。また特殊な方言を話す人たちの会話を録音した場合、その会話を言語学の学会で、不特定多数の聴衆を前に流してもいいのでしょうか?人類学などでは、被験者(研究対象)の身振り手振りが研究の理解に不可欠で、ビデオデータを公開できなければその価値が半減してしまう研究もあるでしょう。過激にビジュアル化していく昨今の研究発表の流れの中で、本当の意味での人権保護は、今後もどんどん困難になっていくでしょう。 また、被験者や研究に協力してくれた人たちの匿名性と人権の保護は、その研究が発表されたらすぐに、研究者の力の及ぶ世界から、まったく予期しない世界へと広がっていくことも忘れてはいけません。研究が複雑になればなるほど、ほかの分野の有識者に助言を求める場合が多くなります。その有識者の名前を明らかにすれば、その人の株が上がる場合もあるでしょうが、研究結果によっては、非難が集中する場合も考えられます。一度公開された情報を撤回することは不可能に近いものがあります。被験者の了解を得たからといって、気軽に研究に協力してくれた人の情報を公開することは控え、どのようなリスクがあるか、詳しく検討し最善策を考える必要があります。どの程度の匿名性が最適なのかは、その研究分野や研究内容によって違うでしょう。 まず基本的なこととして、自分が所属する研究機関や学会が、研究者が守るべきことをまとめた「倫理指針」や「ガイドライン」を定めており、そのなかで「倫理委員会」へ研究計画を提出して、研究実施の認可を得ることなどが定められていることがほとんどのはずなので、それらをじっくりと読んでから対応してください。また、国(たとえば厚生労働省や文部科学省など)も、さまざまな指針やガイドラインを設けていますので、チェックしてください。 必要であれば、アメリカの大学のウェブサイトにアクセスして、「human subject」などをキーワードにして検索して見つかる文書を読んでみることもよいかもしれません。ほとんどの大学では「被験者保護委員会(Human Subject Committee)」や「研究責任局(Office for the Responsible Conduct of Research)」といった専門機関を設置し、被験者の人権保護問題に関するテストや例題を提供しています。 ただしどのような場合でも最も重要なことは、こうした倫理指針やガイドラインをチェックシートのように機械的に利用するのではなく、一研究者としてあらゆる可能性を考えて最善を尽くすこと、そして、人権保護のためにどれだけのリスクを背負う心積もりがあるか自問し続けるということです。最新情報をもとに、自分の研究がおかれた状況を考慮し、研究者として当然のこと“Do…

研究論文での盗用を未然に防ぐには?

現在、学術出版界における重大な問題となっており、研究論文撤回の大きな理由の1つとなっている“盗用”。2014年に日本で大きな騒動となった「STAP細胞事件」においても、問題となった論文の一部に別の論文からのコピー&ペーストが疑われたほか、当該の研究者が大学院生時代に書いた博士号でも大量の盗用が見つかったことが大問題になりました。すでに確立されているアイデアや数値に基づいて論文を書くことは大事なステップですが、盗用に陥らないように慎重に作業をしなければなりません。 世界では、論文の正当性を証明するさい、ある語句やアイデアの引用元を示すことが必要とされないケースが存在します。しかし、「引用」という形で論文の正しさを実証するやり方は、国際的な学術界の中ではいまや必要条件です。非ネイティブの研究者たちはそうした倫理的なルールの遵守に加え、英語による専門的な内容の説明が要求され、敷居はより高くなっています。論文の作成や投稿にデジタル技術が深くかかわる時代になったことも、盗用の問題に影響を及ぼしています。いまや研究者はインターネット上で容易に資料やデータにアクセスでき、それらの情報を簡単にコピー&ペーストできてしまう時代になっているのです。 研究者は盗用を他人事として捉えることなく、自分自身で大切な情報を守らなければなりません。ここでは盗用を避けるために効果的なヒントをいくつかご紹介します。 1. 言い換え 参照資料から文章などをそのままコピー&ペーストしてはいけません。その代わり、著者自身の言葉で考えを言い換えるのです。正しく言い換えるためには参照資料の内容をあらかじめよく理解しておくことが大切です。 たとえば以下のサイトで、よい言い換えの例を参照することができますので、参考にしてください。 Successful vs. unsuccessful paraphrases 2. 引用符 別の論文から文章をそのまま引用していることを示すためには、引用符を使用します。引用箇所は、引用元の文章中で表記されていた形とまったく同じ形で表記されなければなりません。 3.…